第219話 ダチは厨二の深淵を覗いていたらしい
回復組の試験も終わり、次の試験者の番になったのだが、ナユに触発されたのだろうか、予定が狂ってしまう事に。
「ナユに続くぞーっ」
「「「「「おー!!」」」」」
本来の予定とは変わって、婚約者達が次々とクッキーさんに挑んでいき……敗北? していった。
「強さがデタラメですわ……」
ナユの後、初手で挑んだヴィオレだったが、あっさりと終了。
「弓術では勝てませんね……」
次に挑んだのはリリィだったが、後衛職ならぬ体捌きを魅せるも、ヴィオレと変わらぬ結果に。
「リリィはまだ良いわよ。貫通力は出せるんだし。暗器じゃ、どうやってもムリ!」
立ち回りでクッキーパンチを回避し続けるも、攻撃力不足であっけなく終了したティア。
「爪が当たった時、金属音が鳴ったんですけど。どんな防御力してるんですか……」
「速攻守揃った武闘家ってそれなりに居るんだけど、間違いなくクッキーさんは頂点だよね。流石に厳しかったよ」
自他共に、素早さに定評があって、ヒット&アウェイを主軸としながら、一撃必殺を是とするリアとリジアも奮闘はしたが、やはり勝てずに終了。
「手数の多さで勝負したのですが、カウンターでの一撃必殺にするべきでした」
格刀術と魔刀を用いながら戦術をくみ上げたラナであったが、途中で組み上げを崩されて、これまたあっけなく終了。
「あの方、本当に人間なのでしょうか? ラフィ様から指南して頂いた時空間魔法に対応してきたのですが……」
時間を止める能力と魔法は発現できていないミナだが、空間系魔法は戦闘に組み込めるほどの精度にはなっていたので、それらの魔法を駆使して二刀流で攻めるも、押し切られて終了。
そして現在、イーファの試験中なのだが……。
「にょわぁぁぁ! ヤバいのじゃ怖いのじゃぁぁぁ!」
魔法を乱発して、ひたすら回避に専念中。
試験が開始されて僅か数分なのだが、既にギリッギリの回避しか出来ていないイーファ。
終了は時間の問題だろう。
「マジでヤッバイな……。イーファの魔法って、全部王宮以上なんだが、意にも介してないとか……」
「お前と試合ってから、更に精進したとは聞いてたけどよぉ……。流石に精進し過ぎだろう……」
同盟盟主である俺と傭兵王が、仲良くため息を漏らす。
それと同時に、イーファの試験が終了した。
最後は、鳩尾に一発良いのを貰ってKO負け。
右頬を地面につけ、お尻を天へと突き出し、白目を剥いて、絶賛痙攣中。
救護班が急いで駆けつけて、担架に乗せて搬送していく。
死にはしないだろうが、やり過ぎ感が否めない。
「お仕置き完了ねぇん。だぁれが、オカマジジィなのよぉん。失礼しちゃうわ」
どうやらイーファ、俺に聞かれないようにして、クッキーさんを煽っていたらしい。
これは自業自得だな。
これで婚約者組は終了と思われたのだが、次に現れたのはなんとシアだった。
クッキーさんも次の試験者を見て、流石に困った表情に。
そして、俺に説得しろと言って来た。
「流石にぃ、冒険者登録不可能な年齢の子はねぇ……」
「俺も寝耳に水なんだが……」
「ラフィ様! シアも受けるのです! 将来有望な冒険者ならば、受けていても損は無いのです! 将来は、高ランクから始められるのです!」
シアの言い分は、確かに!――と、思える内容ではあったが、協議は必要だろう。
主に家族会議の――。
「どうするよ?」
「どうしましょうか……」
当主と正妻候補、揃って悩む。
そこにリーゼからの提案。
「条件付きで、受けさせても良いのではないでしょうか」
「因みに、その条件は?」
リーゼの提案は、絶対にクッキーさんは攻撃を当ててはならない事。
シアに関しては、怒らせるようなことを言ってはダメという条件と、審判がヒット判定を出したら即終了。
あくまでも、シアに怪我を負わせない事を条件にしたのだ。
それならばと、俺も、クッキーさんも、シアも条件を吞むのだが、許可は必要だろう。
と言う訳で、ゲートを使ってドバイクス邸に繋ぐ。
許可が出るまではシアの試験は保留にして、先に進めて貰う事にした。
そして、ゲートを潜る時に聞こえる声が――。
「あんな小さい子まで脅えずに受けるのだから、私が尻込みしてたらダメ……。ファイトよ私」
姫埼、自分で自分を鼓舞してらっしゃった。
その言葉を最後に、俺はゲートを潜った。
…
……
………
…………
「ただい……何があった?」
そして、試験に挑もうとしているハイテンションな潤であった。
本当に、何があった!?
「お帰りなさいませ、ラフィ様」
「あ、ああ。ただいま。それで、なんで姫埼は泣いてて、箒はズタボロなんだ?」
にこやかに出迎えてくれたミリアに訊ねるも、にこやかな笑顔のままお茶を渡されて、隣座るように促される。
そしてその間も、潤の厨二叫びが木霊していた。
「今日のミィはチョー絶ムテキィィッ! パゥッワフルなミィッのショゥッタァイムッ!」
「あいつマジどうした!?」
潤さん、どういう訳か、テンションアゲアゲ状態でトランスしまくっちゃってるご様子。
地味に怖ぇし……。
どこぞの某卿最終状態みたいになってんじゃねぇか。
「いやな……。その、箒がな……」
「箒が、どうした?」
「えーっとな、潤の耳元で何か囁いてたんだよ。で、ああなった」
「箒ィぃィ!」
「魔法とか掛けてないわよ? 私はただ一言だけ、言っただけなんだけど……」
「何を言った?」
箒さん、どうにも言いずらそう。
仕方なく、女性陣がそれとなく聞き出すが、何故かみんな黙ってしまった。
いや、本当にさ、一体何を言ったんだよ。
「聞きたい?」
「聞きたい。と言うか、吐け」
「ちょっと耳貸して」
ヴェルグが教えようとすると、女性陣が止めに入った。
だがしかし! 俺の聴力を甘く見るなよ! ヴェルグも分かっているので、皆には聞き取れず、俺には聞こえる位の声量で答えたのだが……あ、なんか納得。
(ご褒美を上げるって……。あいつは犬かなんかなのか? ……あれ? と言う事は、あいつらって……)
「なぁ、輝明」
「なんだ?」
「潤と箒ってさ、色々まだなんか?」
「俺が知るわけないだろう」
「それもそうか。箒、まだなのか?」
「ちょっとっ、デリカシーなさすぎでしょう!」
確かに、箒の言う通りである。
しかしこの場では、聞かないと先に進まない。
女性陣が興味津々なのもあるのだが、さっきから潤の黒歴史が加速してるから、悪友として止めてやらないと……「どれほどの性能差であろうと! 今日の俺は、ラフィすら凌駕する存在だ!」……あの野郎。
「潤っ、俺を引き合いに出すな!」
「フハハっ。聞こえぬ……聞こえぬわぁっ」
「こいつっ。後でわかってんだろうなぁ?」
「敢えて言わせてもらおう。俺は乙女座の男、常磐潤ッ!!」
「お前は乙女座じゃ――いや待て、さっきからの台詞……潤てめぇっ、グ◯ハム様の名言をパクってんじゃねぇ!」
「美羽の言葉と約束に心打たれた。この気持ち、まさしく愛だっ!!」
「聞いちゃいねぇ……」
完全に自分の世界に逝っちゃってる潤。
クッキーさんも困惑顔である。
そんな中、試験開始の声が上がった。
とりあえず、姫埼と箒の試験状況を聞きながら観戦するか。
潤は後で〆るがな。
「で、二人はどうだったんだ?」
「姫埼さんは、その……私達より早く終わってまして」
「ぐすっ。私なんて、私なんてぇ……」
「あー、悲観しなくても良いんじゃないか? 試験官があの見た目だし、いざ前にしたら委縮してしまうだろうし」
「うぅ……でも、でもぉ……うわぁぁぁっ」
話した後、泣きながら俺の胸に顔を埋める姫埼。
とりあえず、頭を撫でてあやしながら箒の話を「スキルの性能差が、勝敗を分かつ絶対条件ではないっ!」……ハム化が止まらねぇなぁ。
「箒はどうだったんだ?」
「ナユさん程は無理だったけど、それなりには? 客観的には聞いてないからなぁ……」
「らしいぞ? ウォルドから見てどうだった?」
「戦闘自体は問題ねぇし、スキルとかも十全に使いこなせてたな。対人戦――盗賊とかの討伐もこなせたわけだし、ほんとに問題はねぇんだけどなぁ……」
どうにもウォルドの歯切れが悪い。
何かあるなら、はっきりと言って欲しいのだが。
ウォルドも分かっているのだろう。
悩みに悩んで、話すことに決めたようだ。
「やっぱり性格が変わってなぁ。後、どういう訳かギリギリでしか躱さずに、少しだけ傷を負うんだよな。あれは悪癖に近いんじゃねかと思ってる」
「またドS全開……ん? わざとギリギリ?」
「いや、俺が思ってるだけで、もしかしたらギリギリでしか躱せなかったかも知んねぇし。恍惚顔だったから、そう言う風に見えたのもあるからなぁ」
「またトリップしてたんかいっ。箒、その悪癖、早急に治せよ」
「どんな顔して、どんな雰囲気を出してるのか分かんないんだけど?」
「言動も普通にヤバいんだが?」
「覚えてない……。一応、気を付ける」
「メナトが我が家に居てる内に、矯正して貰うかね。で? 最後は?」
箒の試験だが、クッキーさんの剣技を受け止めたりもしたそうだ。
だが、最後は、クッキーパンチを持ち手の部分で受けて、壁まで吹っ飛ばされ、態勢を立て直す隙を与えてもらえず、一気に近付かれて、壁ドンで終了だったと聞かされた。
勿論、ドンされた壁はひび割れて穴が空いている。
多分、今見えてる場所がそうなんだろうな。
俺が帰ってきた後に増えてるし。
二人の試験結果も聞き終わり、厨二全開な潤の試験を改めて見てみる「人呼んで、トキワスペシャルッ!」……ハム化が深刻になって来ていた。
「……あれ、どうするよ?」
「ちょっと心が痛んだけど?」
「輝明、気持ちは良くわかるぞ。だが敢えて言おう! 目を逸らすな」
「ラフィもハム化してないか!?」
「フハッ、フハハハ!」
「「フハフハうっさい!!」」
「フハハハハハッ! ごはぁっ!」
「「あ」」
文句に対して高笑いで返した潤に、クッキーパンチが炸裂する。
防御もへったくれも無い隙だらけの潤は、ボディに綺麗に決まって壁まで吹っ飛んで激突。
ガラガラッと崩れ去る壁の下敷きに。
あ、もしかして死んだ?
「ららららふぃ、潤が……」
「ワンチャン死んだ?」
「潤、異世界にて没す」
「「「「二人共! 勝手に殺さないで!」」」」
「「さーせん」」
とは言うが、一向に起き上がってこない潤。
審判も流石に終了の合図を告げようとして、間一髪、潤が立ち上がった。
立った! 潤が立った!
「フハハッ。今のは効いたぞ。そして、堪忍袋の緒が切れたっ! 許さんぞ、クッキー!!」
「なんなのぉ、もぉ……」
「なぁ、ハム様乗り移ってね?」
「もし乗り移ってたら、抱きしめないといけなくなるんじゃないか?」
そしてまた、フハハッ言いながらツッコんでいく潤。
馬鹿の一つ覚えだな。
トキワスペシャルッ! って言ってツッコんでいるのだが、ただの
いや、普通は小盾スキルだから、大盾で出来るのは凄い事なんだけど、素直に凄いと言えないんだよ……言動のせいで。
あの大きさじゃ
なんて考えていたのだが、流石に何回もクッキーパンチを盾に受けて、盾を持つ左手にダメージが蓄積している様だ。
明らかに、盾を持つ力が弱まっている。
「こりゃ、そろそろ決まりかな」
ナユみたいなスキルも無く、箒が言ったご褒美だけで立ち続けた潤。
精神力だけはピカ一かもしれん。
なぁんて考えてたら、潤の動きが変わった。
そして、ハム化も未だに進行中だった。
「くっ、これほどとは……。だが、俺は我慢強い。そしてっ! 男の誓いに、二言は無いっ」
言うや否や、大盾を投げる潤。
(マジで!? あれを
痛む左手で投げる潤に対し、流石のクッキーさんも予想外だったらしく、少しだけ対処が遅れた。
当然、隙が生まれる。
その隙を潤は見逃さず、剣で斬りに掛かるが、どうやら限界が来た模様。
剣先だけクッキーさんには触れたが、前のめりに倒れ込み気絶。
そして、審判から試験終了の合図が出た。
何とも惜しく、締まらない結末。
潤らしいと言えば、らしいのだけどな。
「なぁ、箒」
「なに?」
「ちょっとだけ、ご褒美やったら?」
「……寝ている隙にしておくわ」
そう言って、医務室へと歩いて行く箒。
どうやら潤に、ご褒美を上げに行くようだ。
まぁ、あの二人の事はそっとしておくとして、問題はこっちだな。
「輝明さんや」
「なんだ?」
「なんでそんなにヤル気出てんの?」
「潤に触発されて?」
「なんで疑問形なんだよ……」
そして始まる、輝明の試験。
ただ、輝明にも何かが乗り移った模様。
いやだってさ、向かう前に不吉なこと言ってからな。
「死んでも生きて帰ってくるわ」
「いや、死ぬなし」
某歌って戦う少女の台詞である。
その後、輝明は直ぐに倒れそうになって、澄沢からの応援を受けて持ち直して出た言葉。
「いつだって、貫き抗う言葉は一つ! だとしてもっ!!」
「…………なぁ、蛍」
「なに?」
「俺のダチは、何かが乗り移らないと戦えないのか?」
「………知らないわよ」
「雪代さん」
「…………
「はぁぁぁ…………」
深い、それはもう深いため息が出た。
アニメオタクに理解あるダチだったが、まさか影響されてるとは。
予想外過ぎる……。
その後も「反撃、程度では生ぬるいな。逆襲するぞっ!」とか「弱くても、自分らしくあること。それが、強さ!」など、歌って戦う少女のオンパレード。
ただ、頭は意外に冷静らしく、色々な方法で攻めてはいる。
しかし、攻める手が尽きた模様。
そして、ちょっとした名言が出る。
「たとえ万策尽きたとしても、一万と一つ目の手立ては、きっとっ!」
その言葉を言った直後、クッキーパンチで沈む輝明。
試験終了である。
輝明も医務室へと搬送され、次は澄沢の番である。
「美羽と似たような感じの獲物よね。壁ドンされそう……」
「壁ドンより前に、直撃を食らわない様にな」
「はぁい」
澄沢は返事をした後、直ぐに試験場へと降りて、クッキーさんと相対する。
同時に、気絶した輝明を見送る形にもなったのだが、割とボロボロの輝明を見た澄沢は、ちょっとだけ前傾姿勢の構えを取った。
あ、これは一矢報いる気だわ。
そして、審判から試合開始の声が出ると同時に、重量武器を扱っているとは思えない速さでツッコんでいく。
だが当然、クッキーさんは見切っているので、余裕を持って回避行動を取っている。
勿論、澄沢がどんな攻撃を放つか迄、予想した上でだ。
しかしその予想は、想定の上を行くことになった。
「でやぁぁぁっ」
「んふふぅ、突進からの突きねぇ。ありきたりだけど、速さは申し分ないわぁ」
「ああ、もぅっ」
「その後はぁ、二通り――どっせぇいっ」
「躱された!? 行けると思ったのに!」
この場にいる者が読んだ、躱されてからの行動。
そのどれもが不正解だった。
本来考えられる行動は二つ。
1つ目は、突撃した勢いのまま通り過ぎて、一度体勢を立て直す。
2つ目は、勢いを殺して、両手持ちで横薙ぎ。
しかし、澄沢が取った行動は違って、勢いを殺さぬまま通り過ぎる直前、片手でハルバードを横薙ぎすると言う荒業を魅せた。
重量武器をブレも無く横薙ぎとか、どんな握力と筋力をしてるのかって話だ。
クッキーさんは仰け反ってギリギリで躱すも、読み違えて頬にかすり傷を負う事に。
「い、今のは、危なかったわぁ…………」
「もう少しだったのに!」
前傾姿勢で一矢報いる気だった澄沢は、殺る気だった模様。
普段からやる気を見せるタイプではないので、俺も読み間違えてしまった。
ただ、これは非常にマズい。
「ちょっとはぁ、本気になっても良いのかしらねぇん」
「あ、やばっ……」
切れた頬に向けて舌を一舐め。
完全にスイッチが入ったクッキーさん。
この後の結果は、言うまでもない。
初見殺しの技なので、その後は正攻法しか取れずに敢え無く終了。
当然、ズタボロ状態になって帰って来た。
「むりむりー。あれは死ねる」
「生きて帰って来てるよね?」
「ヴェルグっち、あれはねぇ、心が死ぬ」
「言いたい事は、なんとなくわかったよ」
こうして、波乱の試験は続いて行く。
残る試験者は3名。
雪代さん、蛍、シア。
はてさて、どうなるんだろうな……。
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