第196話 さすミリ

 八木達との待ち合わせ場所に指定した国境砦にゲートを繋ぎ、俺と神喰はランシェス国内へと帰還した。

 ゲートから出ると、八木達が駆け寄って来て、心配そうな声を上げようとして――止めた。

 何故かって?それは自分でもわかっている。

 誰が見ても、すっげぇ不機嫌だったから。

 後ろから神喰も続いて出てくるが、男と戦闘した時よりもズタボロになっていたりする。


「あの……ラフィさん?」


「あ”?」


「な、なんでもないっす」


 意を決して話しかけた八木だったが、あっさりと撃沈。

 それを見ていた姫埼と春宮が、そそくさと神喰に接近して事情を聞きだし始めた。

 勿論、小声で。


「(何があったんですか?)」


「(聞かない方が身の為だぞ?)」


「(無理ですよ。見て下さいよ、あのラフィさん。今にも人を殺しそうじゃないですか)」


「(実際、殺してきたからなぁ。いや、手を下したのは俺だったな)」


「(神喰さんの情報よりも、ラフィさんの方です)」


「(さっさと吐いた方が楽になりますよ。あ、回復魔法いります?)」


 春宮の微妙な気遣いに、神喰は無言で頷く。

 俺を止めて、宥めてと、精神的に疲れているらしい。

 まぁ、俺も悪いとは思ってるよ。

 完全に八つ当たりだったし。


「ほんと、何があったんすか?」


 八木が再度聞いてくる。

 しかし、今、この場で話す気は無い。

 家に帰ってから、ミリア達を交えて話す予定だからだ。

 何故ここでミリア達の名前が出てくるのかと言うと、俺が不機嫌な理由の一旦だからである。

 ミリア達が悪いのではなく、寧ろ、申し訳ない気持ちの方が大きい。

 だから不機嫌なわけだが。


「……屋敷に帰ったら、八木達も交えて話す。今は何も聞かないでくれ」


「はぁ、わかったっす」


 そのやり取りの後、小休止を挟んでからゲートを開き、屋敷へと帰る。

 予定では、少しだけ寄り道をして帰る予定だったのだが、そういう気分じゃないので直帰したのだ。

 そして、帰ってきた俺を出迎えたナリア達だったが、初めて見る本気の不機嫌顔に何も言えない様だ。

 あの完璧超人であるナリアですら声を掛けられないのだから、他の使用人たちが声を掛けれるはずもない。

 だが、ナリアは直ぐに対処法を決行した。

 鎮静剤の役割もある婚約者達を呼んで来たのだ。

 ぶっちゃけ、丸投げしたとも言う。


「ラフィ様、お顔」


「うん、わかってる。でもな、今日一日は元に戻せそうにない」


「これでは、外には出せませんね」


「リリィ、心配するところが違くない?」


「リリィもティアも、全く心配してないでしょう?」


「そう言うリアも、心配してない」


「リュールさんもですわ。まぁ、私もですけど」


「皆、人間らしい感情を見せた旦那様を好いておるのじゃな」


「まぁ、滅多にああいう顔はしないからねぇ」


「ヴェルグさんも見た事が無いんですね。一番付き合いが長いナユさんもですか?」


「私も初めて見ましたね。怒った所は何度か見てますけど、不機嫌ってわかるようなのは初めてです。ミナさんは怒った顔は――見てましたね」


「ええ。内乱の時に。……あれ? 結構希少な状況では?」


「希少ですけど、癒してあげましょうよ」


「スノラさんの言う通りですわね。さぁ! リジアさんの出番ですわよ!」


「ちょっ! ヴィオレ! 尻尾を掴まないで! あっ! やめっ!」


「相変わらず、リジアはヴィオレのお気に入りなのですね」


「はわわ……大人の情事なのです!」


「え? なんっすか? このカオスは……」


 八木の一言に尽きる状況なのだが、ミリア達は一斉に笑顔で八木を見た。

 そう、15人が一斉に――だ。

 案の定、ビクッ!となる八木。

 うん、気持ちはわかる。

 俺だって今の笑顔は怖いからな。

 そして、ダグレストからの亡命組と神は空気だった。

 まぁ、その方が安全だから、暫くは我慢してくれ。

 とは言え、このままでは埒が明かないので、メイドを呼び止めて部屋とお茶を用意させる。

 呼び止めたメイドもビクッ!ってなりながら、お辞儀をして用意に向かった。

 今日はビクッ!となる日なのだろう。

 ビクッ!ビクッ!は置いといて、とりあえず用意された部屋に全員で入る。

 総勢22名、いつもは広い部屋が少し狭く感じるが、気にしない方向で行く。

 全員に座る様に促して、お茶が来るまでのんびり待つ。

 今日の給仕もナリアが担当だ。

 本人は相当嫌そうな雰囲気を出していたけど、当主命令でさせた。

 給仕でわざわざ当主命令を出す事などない俺なので、ナリアも驚いた顔をしていたが、直ぐに訳ありだと判断して、仕事に取り掛かった。

 この辺りの察しの良さは、流石ナリアと言える。

 その後、ナリアは一礼してから壁の方へと下がったので、早速、本題へと入る。

 そう、俺が不機嫌な理由の説明についてだ。


「それで、何があったのですか?」


「話す前に、そっちの2人には誓約を吞んで貰う。それから、八木、春宮、姫埼の処置だな」


「わかった」


「わ、わかりました」


「そんなに脅えなくても良い。他言しなければ、平穏無事に過ごせるから」


「は、はい」


 二人の許可を得てから誓約魔法を行使。

 その後、八木達にかけられた魂縛の解呪へと移る。


「八木、春宮、姫埼はこっちへ。後、ミリア達は怒るなよ?」


「何かあるの?」


「今回の解呪は、いつもの方法とちょっと違うんだ。直接、相手の身体に触れないといけないんだが……」


「何が問題なの?」


「……触れる場所が左胸辺りになる」


 触れる箇所を聞いた途端、ミリア達の表情が凍り付く。

 逆に、春宮と姫埼は恥ずかしそうではあるが、どこか嬉しそうにも見える。

 訳が分からん。


「ラフィ様、絶対に触れないと駄目なのですか?」


 ミリアからの質問。

 声色は普段と変わらないが、目が笑ってない。

 全員がミリアの質問に対する返答を待っていた。

 いや、そんな前のめりに並んでもと言いたいが、言ったら大変な事になりそうなので、スルーして、ミリアの質問に答えた。


「今回の解呪は、ちょっと強力なんだ。8割方大丈夫だとは思うんだが、念には念を入れたい」


「入れたら、10割なのですか?」


「そう。それだけ強力な呪いなんだ。後、神喰も出来なくはないが、成功確率が1割落ちる。ヴェルグでも同じだな」


「ゼロ様はどうなんですか?」


「ゼロねぇ……。絶対やらんと思うぞ」


 最後の言葉に、なんで?って顔をしていたので、簡単な理由を教える。

 実はツクヨって結構やきもち焼きなのだ。

 人助けとは言え、女性の胸に触れたとなったら、後でゼロがぶっ飛ばされるのは間違いない。

 最悪、指示した俺もぶっ飛ばされかねない。

 だから、ミリア達の見てる前で行うと言った。

 その言葉に、渋々だが了承するミリア。

 他の皆は、ミリアの答えに対し、意外そうな顔をしていた。


「良いの?」


「仕方ありません。私達の前で行うのは、ラフィ様なりの誠意でしょうし」


「ミリアが納得してるなら、ボクは何も言わないけど、皆は納得してるの?」


「ミリアさんが納得してるなら、仕方ないと言うか……」


「人助けだしねぇ……」


 とまぁ、どうにか全員が渋々と言った形で納得した。

 そう、納得させたのに、ここで爆弾を落とす奴がいたのだ。


「私は、触られて嬉しいけどなぁ」


「春宮さん!?」


「まぁ、優華はそうでしょうね」


「桜花ちゃんもだよね?」


「……まぁ、嫌じゃないわね」


「姫埼さん!?」


 何故かさん付けで、何言ってんの!?と問いかける俺。

 そんな二人の言葉を聞いたミリア達はと言うと……あ、すっげぇ笑顔だわ。

 これはギルティ判定出てますわ。

 何とも言えない空気が、この場に流れ始めた。


「ラフィさん?」


「とりあえず、先に八木の魂縛を解呪するわ」


「なんか、すいません」


「謝るな! 俺が悪いことしてるみたいだろうが!」


 不機嫌様は何処かに行ってしまった模様。

 いや、シリアス様も裸足で逃げ出した様だ。

 だって、空気が凍り付いてるんだもん。

 マジで泣きてぇ……。


「あの、ミリアさん?」


「ラフィ様、一つ質問良いですか?」


「ア、ハイ」


 今のミリアに逆らってはいけない。

 本能が告げているので、迷わずに答える。


「解呪ですが、全員一斉にしなくても大丈夫なのですか?」


「出来るなら、一斉にやりたいかな。だからこそ、触れるわけだが……」


「もしかして、刻印解呪ですか?」


「あれ? ミリアは知ってるんだ」


「はい。神聖国でも習いますから。ですが、刻印解呪なら、私が刻んでも良いのでは?」


 ミリアの意見はごもっともなので、その辺りも説明する。

 と言うか、ミリアの手の甲に刻印を刻んで実践して見せる。

 その刻印と魔力量を感じたミリアは、直ぐに納得の表情を見せた。

 尚、ヴェルグと神喰も、納得の表情をしていた。

 他の皆は首を傾げているので、ミリアとヴェルグが代わりに説明してくれた。


「この刻印解呪ですが、高位呪術の解呪に良く用いられます」


「だね。そして、刻印の複雑さが込める魔力量に比例してるんだけど、ラフィが刻んだ印を見たら納得できるよ」


 俺が実際に刻む印を見た皆は、全員が同じ声を出した。

 どうやら、納得して貰えたみたいだ。


「これは複雑過ぎですね」


「でも、ここまでしないといけないって事だよね?」


「改めて、ラフィさんの強さに感服ですわ」


「いや、強さは関係なくない?」


「ですが、複雑にも拘らず、綺麗ですよね」


「ラフィ様、すごい」


 納得してもらえたので、いざ解呪!と動こうとして、ミリアに止められる。

 え、まだなにかあんの?


「解呪に関してはわかりました。私でもここまで複雑なのは無理なので、そこは納得してます。で・す・が、先程のお言葉は別です」


「そうだね。嬉しいって、好意ではあるけど、この場では邪な感情だよね」


「ヴェルグさんの言う通りです。なので、姫埼さんと春宮さんでしたか? 別室でお話があります」


 強めの言い方をしたミリアに対し、二人揃って「「は、はい!」」と返事をする、春宮と姫埼。

 どうやら、いつもの嫁会議らしい。

 そうなると、地味に長いんだよなぁ。

 最低でも30分は掛かるだろう。


「あの、ミリアさん?」


「何でしょうか?」


 とっても良い笑顔で、俺に返事を返すミリア。

 あ、これ、何を言っても無駄なやつだ。

 だが、今回はちょっと引けない。

 なので、珍しく食い下がる俺。


「嫁会議は良いんだけど、本題がまだなんですよ。出来れば、先にそっちの話を終わらせてからにして欲しいなぁ……と」


「直ぐに済みますので、少しだけ待っていてくださいね」


 そう言って、別室へと移るミリア達と、連行されていく春宮と姫埼。

 直ぐに済むからと待たされる訳だが、直ぐに済むはずも無く、戻って来るまでに相応の時間を要した。

 尚、時間は既に日が傾きかける時間になろうとしている。

 今から本題を話すのって、時間的に大丈夫なんかね?


「お待たせしました。遅くなってすみません」


「いや、納得できるだけ話せたんなら良いよ」


「はい。それはもう、根掘り葉掘り聞いて、お話しをしました」


「それはなによりで……」


 ミリアの圧にちょっとだけ口角を引き攣らせる。

 怒ってると言うよりも、またですか……って雰囲気っぽい。

 だが、次のミリアの言葉で、俺は敵わないなぁと思ってしまった。


「さて、ラフィ様の機嫌もそれなりに戻った様ですし、続きを聞きましょう」


「えーと、ミリアさん? まさかそのために、わざとあんな態度を取ったとか?」


 俺の質問に、ミリアは笑顔で答えた。

 どうやら間違って無いらしい。

 全く、俺には過ぎた正妻様だな。


「それで、お話しは長くなりそうですか?」


「ミリア達は何処から聞きたい?」


 そう訊ねると、最初からと言われてしまった。

 ふむ……ミリア達が望むなら、出立後からの話をするか。

 こうして、最初から話をし始め、夕食を挟んでから本題の話へと移る。

 今日の夜は長くなりそうだな……。

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