第一章-a

第3話【2010年9月28日-01】

2010年9月28日


良い子の寝静まる時間、十一時半過ぎ。


アタシはそっと自宅を抜け出して、胸ポケットに入れていた赤色の板を取り出しました。


板は、段々と人の姿へ変化していき、最終的にはアタシの隣に立つべき、一人の女性となりました。



「遥香さんっ、では今日も、一生懸命レックスの討伐に従事しましょうっ」



 美人なお姉さんである筈の彼女――ベネットは、大きなおっぱいを僅かに揺らしつつ、振り上げた右腕を高く掲げました。アタシも「おーっ」とそれに応じながら、走る準備を怠りません。



「今日はどこに現れたの?」


「えーっと、駅から少しだけ離れた、秋音東公園の裏手みたいですよ」


「あー、あの辺かぁ」



 アタシも友達と、何度かその公園へ行ったことがありますが、確かに街灯も当たらず、また少しだけ塀などに囲まれた立地から、夜だとレックスの潜伏先としてはあり得ると思いました。



「よし、行こうっ!」


「お願いしている身で聞くのもなんですけどー」



 と、アタシが走り出そうとした時、ベネットが何だか申しわけなさそうな表情で、問いかけてきます。



「遥香さん、まだ九歳ですよね?」


「うん、まだまだ全然子供だよっ」


「学校っていうのもありますし、塾っていうのにも通ってて、それでレックスの討伐なんて、大変じゃないんですか?」


「え? うーん……確かに、大変だよ」



 いつも十時には寝入っていた筈なのに、それが伸びた上、さらにレックスという怪物と戦うなんて、大変としか言いようがありません。



「でも、これは魔法少女になったアタシにしか出来ない事で、アタシは力を手に入れたんだよね」


「そうです、そうですけど」


「なら、ちょっと大変でも、アタシやるっ! だって」



 今まで、知らなかった事。


 子供のアタシじゃあ到底分かりもしなかった【戦い】って言うものが、この世界にはあって、そしてレックスによって死んじゃうかもしれない人が居るなんて、アタシには受け入れられないのです。


 戦いは、拳は、本当はキライです。


 でも、それでもアタシが戦えば、守れる命があるのなら、アタシは戦います。



「アタシにしか出来ない事がある、アタシにやるべき力があるって、それは何だか素敵な事だなーって!」



 これで話は終わったはず。アタシはベネットの手を取って、走り出す。秋音東公園自体は近い、駆けて三分の時間で辿り付いて――


アタシは【彼女】を、この眼に焼き付けました。


アタシと同じくらいの身長、同じくらいの幼さを持った女の子が、月光しか光源の無い秋音東公園の裏手で、佇んでいます。


 肩まで伸びたショートカット、そして平坦なまぶたと光の少ない眼、淡々とした表情は、同級生ではあまり見ない、大人びた顔でした。


でも一番、何がこの眼に焼き付けられたかというと――彼女がまとう衣服が、アタシと同じ【魔法少女】としての戦闘服だったからです。


スクール水着のような密着した素体に少しだけヒラヒラのついた面積の狭い服、両足にロングブーツのような甲冑。


 そして右手には拳銃のような黒光りする物が握られていて、それが闇夜の中でも光って見えました。



「貴女も、魔法少女?」



 少女が、溢す様な声でアタシへ訊ねまてきました。アタシは一瞬、彼女が何を言っているのか分からずに「え」と、同じく溢す様な呟きで返してしまいました。



「今まで、ご苦労様。……これから、貴女が戦う必要は無い」



 彼女は振り返る事無く、暗闇へと銃口を向け、小さな指で引き金を引きました。


 パス、と。思ったより小さな発砲音と共に、凝縮された光のような物が、闇の中へ放たれます。それは一瞬で駆けて、闇の中で機を伺っていたレックスを貫いて、消滅させました。



「そんな――貴女は、その力はっ」



 ベネットが、驚くように声を荒げました。すると少女は段々と光に包まれていき、光が弾けると……戦闘服からグレーのシャツと紺色のスカートを身にまとった女の子になりました。


戦闘服の代わりに現れたのは一人の女性。スッと綺麗な着地をした女性は、青髪を後頭部で短く結った上で、顔の右側にしか前髪を置く事を許さない、端麗な美女と言える人でした。


 眼鏡をかけ直しながら、女性は「弥生」と綺麗な声で、女の子へ語り掛けます。



「既に日付が変わろうとしています。戻りましょう」


「うん、ウェスト」


「ちょっ、ちょっと待って!」



 状況が掴めていないアタシを放って帰ろうとする二人を引き留めます。何が何だか分かりません。



「な、何なの? 戦う必要が無いって、それに貴女の、その」


「まだ分からない? 私も、魔法少女と言っているの」



 衝撃がある発言――とは思いませんでした。既にアタシは彼女の力を見せつけられています。でも、いきなり現れた女の子が、レックスと戦うなんて、アタシには――



「貴女がベネットですね。お噂はかねがね」


「何なんですアナタっ、麗しのOLっぽい雰囲気の美女マジカリング・デバイスはっ」


「ウェストと申します。以後お見知りおきを」


「アナタもヤエさんに造られたんですよね!? なんだってヤエさんは二つもマジカリング・デバイスを!?」


「貴女だけではレックスを全て討伐し得ないと踏んだ、という事では無いでしょうか。貴女の思慮し得ない頭では、到底理解できぬことではあるかもしれませんが」


「ムッカーっ! 遥香さん、このマジカリング・デバイス、今すぐぶっ壊してやりましょっ」


「ベネット、ちょっと静かにしてっ」


「ウェスト、ステイ」



 アタシと彼女――弥生と呼ばれた女の子は、互いの相棒を黙らせます。



「……弥生ちゃん、でいい?」


「如月弥生」


「アタシ、水瀬遥香」



 自己紹介を終わらせた後、アタシは本題に入ります。



「弥生ちゃんは、何者なの? アタシ、ベネットと同じでバカだから、ちゃんと説明してくれなきゃ、分かんないよ」


「説明の必要も無い。私は貴女と同じ魔法少女で、これからは貴女の代わりに戦う」



 ウェストさんの手を取った弥生ちゃんは、アタシたちに背を向けます。まるで「もうお前には興味が無い」と言われているみたいで、ちょっとムカつきます。



「日常生活と魔法少女としての戦いを天秤にかける貴女では、全然レックスを討伐出来ない。だから、私は一日中戦う」


「一緒に戦おうよっ、レックスとの戦いは危ない事で、でも一緒に戦えば、それだけ危険は少なく」


「必要ないと言っているの」



 アタシに視線だけを向けた弥生ちゃんの表情は、まるで獣のように、こちらを睨み付けてきます。冷たくて、怖くて……でも、屈するわけにはいきません。

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