第58話 美哉の小児インフルエンザ
布団の中の美哉が3歳くらいのサイズに縮んでいた。
「これは! 間違いなく! 小児インフルエンザにゃ! 病院…いや、まずはお着替えにゃ。その前に美哉ちゃんの様子を…ぐずって起きないにゃ。急いでお着替えにゃ!」
焦って美哉を片手抱っこしたまま箪笥を漁り、美哉の子供の頃の服をひっぱり出して、着替えさせる。
「はにゃにゃ…可愛いにゃ。暖かくするにゃ。モコモコの靴下を履かせて…可愛いにゃ」
美哉が嫌そうに動く。
「美哉ちゃん、お医者さんに行くにゃ。その前にお水を飲むにゃ。お熱も計るにゃ」
アワアワと美哉の世話を焼き、自分の支度を終えた正宗。
「保険証を持って…。元栓を閉めて、戸締りよーし。忘れ物はないにゃ!」
片手で小さな美哉を抱いた正宗が文治郎の家のピンポンを鳴らす。
「はい…おじさん?」
「文治郎、今日のお弁当にゃ。美哉ちゃんは小児インフルエンザにゃ。僕は美哉ちゃんを病院に連れて行くにゃ」
「それ、美哉か?」
正宗に抱かれた小さな美哉をのぞき込む。
「やっべえ、可愛い…」
子供時代の服とコートを着せられ、さらにブランケットで包まれた美哉が小さくて可愛い。
「そうにゃ、可愛いにゃ。こんなに小さくて苦しそうで心配にゃ」
ポロポロと涙をこぼす正宗。
「正宗さん、行きましょう」
寝癖がついたままの頭で文治郎の父が車のキーを持って出てきた。いつも昼近くまで寝ているが玄関先の騒ぎで目が覚めたらしい。
「僕が車を出しますから行きましょう。そんなに動揺していては1人じゃ危険ですよ」
「健太郎…ありがとうにゃ…」
ポロポロと泣く正宗。
「文治郎は学校に行きなさい。小児インフルエンザは人族には感染しないけど、文治郎が媒介して学校の獣人の生徒にうつさないよう気をつけて。後で連絡するから」
*******
「ああ、小児インフルエンザですね。今年は流行っているんですよ。重症化しないようチクッとしましょう。お薬は3日分出しますからね」
予告通り注射が出てきた。
正宗に抱かれた美哉が、ふにゃふにゃと泣いたが容赦なく打たれた。
「うそつき! チクッとじゃないもん、いたかったもん!!」
美哉がグズグズと泣いて怒ったが、これで重症化をまぬがれて正宗も一安心だ。
── 一安心だが、押さえつけられて注射を打たれた美哉がめっちゃ怒っていた。
正宗と健太郎と2人がかりでグズる美哉を必死であやした。
獣人しか罹患しない小児インフルエンザは、発症すると文字通り子供化する。良く効く特効薬があり、注射を一本打つだけで重症化を免れるので、打った後はゆるゆると熱が下がるのを待てば良い。大人に戻れば回復だ。
良く効く特効薬だが獣人は漏れなく注射が嫌いなため、小さくなった獣人に注射を打つのは大変だった。これでも美哉は楽な方だった。
「ありがとうにゃ健太郎、助かったにゃ」
「普段からお世話になってるのは我が家の方なんだから。たまには恩返しさせてくださいよ。何かあったら、いつでも遠慮なく呼んでくださいね」
健太郎の運転で帰宅し、美哉を子供用のお布団に寝かせた。
目を離せないので子供用のお布団を居間に敷いて、すぐ横で仕事をした。
すぐ横で仕事を……仕事にならなかった。
美哉が可愛いすぎて。
眠る美哉に添い寝して、小さな寝顔を飽きずに眺めた。
── 可愛いにゃあ。小さな美哉ちゃんにゃ。
気がつけば夕方で文治郎が帰ってきていた。
「もう、そんな時間にゃ!」
急に正宗が慌て出した。
「おじさん、晩飯は俺が作るから。これはお土産のアイス。美哉が素直に薬を飲まなそうだから」
小さな美哉に構いたい気持ちを堪えて家事を引き受ける。美哉には“おじや”を温め直して、自分たちには親子丼を作った。
「美哉は寝てる?」
「お熱があるから…。怠そうにして、すぐに寝ちゃうにゃ」
「メシは食えそうかな?」
「今は起きてるにゃ。美哉ちゃん“おじや”にゃ」
美哉を抱っこして、“おじや”をスプーンですくって差し出すと食べる。
「可愛いにゃ」
小さなお茶碗一杯分を食べると、もう要らないと意思表示してくるので、抵抗されないうちにササっと薬を飲ませると不機嫌になった。
小さな美哉は注射も薬も嫌いだ。
正宗が必死であやすが機嫌が治らない。
文治郎が正宗にお土産のアイスを渡すと、美哉の機嫌が治った。
「助かったにゃ、文治郎がいてくれて良かったにゃ」
「おじさんも今日は疲れただろ。おじさんがお風呂の間は俺が見てるから、ゆっくり入ってきて」
「ありがとうにゃ」
「俺には移らないし。おじさんは良く洗った方がいいよ。おじさんまで倒れたら大変だ」
「そうさせてもらうにゃ」
正宗がお風呂に向かうと、この時を待っていた文治郎が美哉に添い寝した。
「すっげー可愛い。ああ…美哉が可愛くて辛い…」
文治郎の行動は正宗と同じだった。
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