第39話 換毛期と冬毛

「パパ、少し右を向いて」


今日も正宗のブラッシングが終わらない。

ショートパンツ一丁の正宗が自力でお腹側をブラッシングする間、美哉が背中をブラッシングする。


「今年はカットしたから、いつもより換毛期のブラッシングが楽だね」

「来年もカットするにゃ」

「うん、シュッとしてカッコいいしね」

「照れるにゃ」


毛を刈った正宗のシルエットは『耳をすませば』のフンベルト・フォン・ジッキンゲン男爵(バロン)だ。あのモコモコが、こんなにスマートになるとは!という驚きのスマートさだ。


「寒くなってきて良かったね」

「でも寒いのも苦手にゃあ。夏毛が抜けなくなったらホットカーペットとコタツを出すにゃ。早く抜け終わって欲しいにゃ」


コタツ布団やホットカーペットに大量の抜け毛が絡まるのが嫌なので、換毛期が終わるまで我慢する正宗。


「せめてご飯は暖かいものにしようか。そういえば明日はボジョレーヌーボーの解禁日だってスーパーで宣伝していたよ」

「特に美味しくはないけどお酒を飲んだらポカポカするかも知れないにゃ」


正宗の好みはフルボディの赤ワインだ。ボジョレーヌーボーは若すぎて好みではないらしい。


「ねえパパ、明日はチーズフォンデュを食べたいな。ワインに合うんじゃない?」

「それはいいにゃ。準備も簡単だし明日はチーズフォンデュにするにゃ」



*******

「うまい。寒くなるとこってりしたものが美味いな」

文治郎がモリモリと野菜と肉とチーズを平らげる。


「文治郎が持ってきてくれたワインが美味しいにゃ」

少し赤らんだ正宗がご機嫌だ。

「お客さんからお土産で貰ったらしいんだけど、うちの両親も酒はほとんど飲まないから。気に入ってくれたなら良かったよ」

「咲と健太郎にお礼を伝えて欲しいにゃ」

「うん、わかった。…そういえば親戚の子は諦めたのか?」


七五三で美哉に結婚を迫った従兄弟の宗平のことらしい。

「毎日、連絡が来るから断ってるよ。叔父さんと叔母さんが嗜めてくれているみたい」


「歳の離れた末っ子で少し我儘に育っていたから、ちょうど良かったにゃ。泣いても思いどおりにならないことがあると学ぶいい機会にゃ」


美哉に断られる度に両親に泣いて訴えては、わがままが過ぎると叱られているようだ。

ちなみに兄たちは、元々厳しめだった。


「いくら可愛くても無理だよねえ」

「当然にゃ」

美哉と正宗の態度にホッとする文治郎。


「繁忙期なんで俺もずっとサロンを手伝っていたけど、美哉の七五三を超える可愛い子は今年も居なかったな。七歳の美哉は圧倒的だった」

「当然にゃ!」

正宗が力強くうなずく。ここから正宗の親バカ語りが続いた。

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