第38話 七五三

「もう七五三の季節だねえ」


登下校でいつも通る街の写真館の前に七五三の記念撮影ののぼりが立っていた。


「美哉の七五三は可愛かったな。七五三の季節は繁忙期だから俺も手伝いに駆り出されるけど、今までうちのサロンで着付けした誰よりも美哉が可愛かった。あんなに晴れ着の似合う幼女はいないな」

修学旅行で離れている間に、美哉に対する文治郎の病気が進行した。


「えへへ、ありがとう。文ちゃんも可愛かったよ」

美哉が喜んでいるなら問題はない。


確かに美哉の七五三は可愛かった。

3歳の時は母の露子も健在で正宗と3人で記念写真を撮った。

7歳の時は正宗と2人だったが祖父母たちや、伯父一家、文治郎一家に祝われて賑やかだった。


今年は美哉の従兄弟の宗平そうへいが七五三だ。

宗平は従兄弟の中でも特に美哉にご執心だ。


「じゃあ週末は親戚の家に集まるのか」

「うん。お爺ちゃんとお婆ちゃんに会うのもお正月ぶりなんだ。宗平君は小さくて可愛いんだ〜、会うのが楽しみ」

「そっか、気をつけてな」



*******


「美哉ちゃんにゃ!」

ケットシー族の伝統衣装を着た宗平が美哉に駆け寄って抱きつく。


「うわあ似合うね! 宗平君、カッコいいよ」

「へへっ。俺、もう5歳だからにゃ!」

小さな宗平が胸をそらす。


ケットシー族の伝統衣装は縄文文化の影響を強く受け継ぐ色と模様で、形はケットシー族の体型に合うよう、ゆったり仕立てだ。


今日は正宗と美哉も伝統衣装でやってきた。


「兄さん、義姉さん、久しぶりにゃ。お正月以来にゃ」

「にゃにゃ、正宗も美哉ちゃんも元気そうにゃ。」

「正宗さん、まだ少し毛が短いにゃ」

「夏に短くしたからにゃ」


兄の吉宗は正宗と同じく毛足の長いキジトラかノルウェイジャンフォレストキャットかメインクーンのような毛皮で、妻の志津しずは純白の毛皮が優美で美しい。吉宗も志津も純血のケットシー族だ。


3人の息子たちは吉宗に似て、基本は長毛のキジトラかメインクーンかノルウェイジャンフォレストキャットに似ているが、それぞれ身体の一部が純白だ。

長男の時宗はお腹が真っ白で、次男の宗一郎は両手両足が手袋と靴下を履いたかのように白い。末っ子の宗平は顔がハチワレ模様で顔からお腹にかけて白くて可愛い。


「美哉ちゃんは相変わらず可愛いにゃ」

「えへへ、ありがとう叔父さん。でも宗平君はもっと可愛いよねえ」

宗平を抱っこする美哉がスリスリすれば宗平が大喜びだ。


「美哉ちゃん、あんまり宗平を甘やかしちゃダメにゃ」

「そうにゃ、宗平のためにならないにゃ」

長男の時宗と次男の宗一郎が美哉を嗜める。


「うーん、そうなんだけど宗平君に会うのは久しぶりだし。今日は宗平君のお祝いだし?」

「俺たちとだって同じだけ久しぶりにゃ!」

「そうにゃ!」

「まあまあ。今日は宗平君が主役だし!宗平君を堪能させてよ」


時宗と宗一郎が宗平を牽制するが、今日の美哉は聞く耳を持たない。


美哉に抱かれた宗平が優越感たっぷりに兄たちを見回す。

「くっ…俺も妹が欲しかったにゃ」

「俺だって姉ちゃんが欲しかったにゃ!」

19歳の時宗と12歳の宗一郎が悔しそうだ。



「宗平くん!」

「美哉ちゃん!」

初老のケットシー夫婦が自分たちを呼んでいる。祖父母が到着したようだ。


「爺ちゃんと婆ちゃんにゃ!」

宗平がグイグイと美哉の手を引く。


「おお、おお、宗平はまた大きくなったにゃあ」

「美哉ちゃんは綺麗になったにゃ! 会うたびに綺麗になるからお婆ちゃん、びっくりにゃあ」

「お婆ちゃんは褒め過ぎだよ」

美哉が恥ずかしそうに笑う。


「褒め過ぎじゃないにゃ!美哉ちゃんは可愛いにゃ! 日本の幼稚園にもニュージーランドの幼稚園にも美哉ちゃんほど可愛い子は居ないにゃ!」

「ああもう、宋平君は可愛いなあ」

美哉がますますデレる。


「宗平の奴、やりたい放題にゃ…」

「くそう…宗平のやつ、幼いことを利用するなんて卑怯にゃ…」

兄たちは面白くない。


「美哉ちゃんは俺と手つないで欲しいにゃ!」

「はいはい」

その日、1日宗平が美哉を独占した。


あまりむきになっても美哉からの好感度が下がるばかりなので悔しいが泣き寝入りの兄たちだった。


「ただいまにゃ! 美哉ちゃん、入ってにゃ」

お参りと写真撮影を終えて根津にある叔父さんの家に集まった。もちろん美哉のエスコートは宗平だ。


「帰国は先月だったかにゃ?」

「そう。10月にもなれば過ごしやすいからにゃあ。正宗はいくら勧めても日本で暮らしているけど季節ごとの移動が快適にゃ」

叔父さん一家は、毎年7月から10月の3ヶ月はニュージーランドで過ごしている。


美哉は人族の学校に通っているが、従兄弟たちは獣人学校に通っている。

古くから獣人が暮らしてきた地域、日本や台湾、オセアニア、南北アメリカや太平洋の島々の獣人が集まって作った学校だ。


夏の暑さに弱い種族なため、南半球から北半球へ、北半球から南半球へと、夏を避けるように校舎を移すのが獣人学校の特徴だ。

家族で移動するのは難しい場合も多いので寮も完備されているが、吉宗一家は家族で移動している。

ちなみに時宗は高校を卒業して現在はギャップイヤーだ。


「ねえ、美哉ちゃん。美哉ちゃんも獣人学校にきて欲しいにゃ」

宗平があざとい上目遣いでねだる。

「それは出来ないよ」

「どうしてにゃ? ねえ、いいでしょ、お願いにゃ!」

「駄目だよ」

「どうしてダメなのにゃあ。お願いにゃ」

宗平の目に涙がたまる。


「私は行きたい大学と学部が決まってるし、それには今の学校が1番だから」

本当は文治郎と一緒の学校がいいからだが、ここで本当の事を言う必要はない。


「…じゃ、じゃあ学校は諦めるにゃ!代わりに約束して欲しいにゃ」

「どんな約束?」

「約束してくれるかにゃ?」

「どんな約束?」

「……あのにゃ…将来、俺と結婚して欲しいにゃ」

モジモジと上目遣いの宗平が可愛い。

しかし美哉は容赦がない。


「え? 無理!」


じゅわあ…。

宗平の目に涙が溢れる。

今までの嘘泣きと違ってマジなやつだ。


「どうじて? 俺がチビだからにゃ? おれ、おれ…大きくなるにゃー!」


「それもあるけど親戚は無理」

迷いなく、きっぱりと答えた。


「どうじでにゃー! うわーん!!」

「ごめんね、無理」


取りつく島がない。

このドライさは母方の祖母に似たと言われている。


「うわーん!」

ギャン泣きの宗平を時宗が抱き上げる。

「宗平は仕方ないなあ」


「確かに美哉ちゃんは可愛いけど、宗平には無理だよなあ」

宗一郎も年上の余裕を見せつけるように言葉を浴びせる。


この日、宗平の初恋が終わった。

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