なんか使えた黒魔法で助けたのは美少女じゃなくてでっぱり太ったおじさんでした。


 見渡す限りの平原だ。空は澄み渡るように青く、気温は少し涼しげで心地がいい。風は伸びきった髪を揺らす。

 本当にどこだここ。混乱する頭の中では、状況確認が必要だと考え手持ちを確認するも、持っていた黒い本と付けている指輪だけだ。携帯でもあればよかったのだが。

 と、とにかく歩いてみよう。裸足だけれど、柔らかい土なので何とか歩ける。


 歩く。歩くが、全くと言っていいほど景色は変わらない。

 マジでどうすんだこれ。

 どうすればいいのか分からないので、俺はその場に座った。手持ちは先ほども確認した通り付けているリングと黒い本のみ。

 おもむろにもう一度黒い本を開いてみる。パラパラとめくってみるがやはりわかりそうもない。この本を渡した彼は確か魔導書と言っていたけれど何か魔法の呪文でも書いてあるのだろうか。というか魔法ならばやはり攻撃魔法だよな。黒魔術とか言っていたし、少年心がくすぐられる。

 もう25歳なんだけど・・・。ええい、訳の分からない状況に陥っているというのに、暗い感情になってどうする。

 と、なぜだろうか。意識が攻撃魔法に向いたときに、それらしい魔法が使えそうな項目のページが分かったのだ。それはもう鳥が空を飛ぶぐらい自然に。そして、そのページの中でも小規模な攻撃魔法であろうものがなぜか読めるのだ。


「黒の球」


 唱えた瞬間だった。読んだ後に、なぜか見据えた五メートル先の空虚なところから、いきなり黒い玉が発生した。それはまるでドラ◯エで言うところのドルモ◯アぽかった。


「なんだよ...これ。」


 もう一度唱えてみたらまた同じ黒い玉が発生した。何か攻撃の用途で使えるのだろうか。

 それから、いろいろ試してみた。こんな感じの魔法が使いたい、こんな感じで魔法を出したい、そういった俺の要求に応えるようにそれ用の魔法がどこにあるのか意識が教えてくれるのだ。本の力なのか、自分の力なのかは定かではないが使えることは確かだった。

 そうしてどうこうしていたらいつの間にか空の色があかね色に染まっていた。


 いや、ほんとどうしよう。そろそろ本当に帰り方を調べなくては。

 そういえばこの指輪をつけた瞬間だっけ。この変なところに来たのは。

 ならば、この指輪を調べようと指からそれを外してみた、その瞬間だった。視界はいつも見るなんの変哲のない俺の部屋だった。


「え?」


 いきなりの出来事に驚きを隠せないでいるけれどここで一つの仮説が生まれた。指輪をつけることによってあの平原の地へといき、外すと元の場所に戻るというもの。

 この仮説が正しいのかどうかを調べてみると、どうやらその通りらしい。何回か試してみた結果だ。


 これまでの出来事で浮かび上がったのは好奇心とも呼べるのだろうか。とにかくそのような淡い高揚感を覚えたのは初めてかもしれない。いや何度かはあったか。なんだか少し人生を振り返ってしまったがやはり淡泊な思い出ばかりだ。

 まぁ、今日はもう母さんが晩ご飯を作ったので、続きは明日にしようと心に決めた。







 あの奇っ怪な出来事から、およそ三日間がたった。俺は任された家事をこなした後にあの異界にいき魔法を試したり平原を抜けようと移動をしたりして一日に四時間ほどをあの異界に費やしていた。指輪をつけて、いけるあの世界がどこなのかを知るために携帯を持って行き電波が届いているかどうかを確かめたが、通ってはないらしい。まぁ見渡す限りの平原だ。通ってないのはなんとなく分かっていたので落胆はなかった。

 一度、家の中で魔法を使ってみたけれどあれは飛んだ間違えた行動だった。ほんとに軽い気持ちで一度唱えたら、本棚がなくなった。黒い球が本棚を吸い込んだのだ。しかもすごい音がなったので、母さんがいた時間帯だったこともありものすごく心配された。なんとかごまかしたけれど次からは気をつけないないと。あんまりこっち側では魔法の使用を控えようと心に決めた。見られたら面倒そうだし。


 と、言うわけで今日もあらかたの家事を済ませ、指輪を装着し見慣れだしたあの平原へと来ていた。 

 今日はどんな事を試そうか。自分らしくはないと思いながらも、テンションが上がっている自分がいる。

 いつもは攻撃系の魔法ばっかりだったし、次は何かエンチャント系の魔法でもあれば試してみようと、思ったその時だった。

 それは遠くからではあったがたしかに見えていた。

 何か馬車とおぼしき物と、まるでそれを追うように走っている何かの生物。その生物の大きさは馬車よりも大きいのではないだろうか。

 現代において馬車は珍しいとも思えたが、その後ろに存在する見たこともない生物をみてもしくはここは地球じゃないのではと勘ぐる。魔法に、謎の転移。これまでの珍妙で怪奇な現象の連続に、この考えは至ってすぐに求められた。


 てか、それどころではない。助けないと。しかし俺の魔法圏内ではないほど遠くにいるので、どうしようと悩む。走って追いつけるような速さではない。

 一瞬であちらに行く方法。そう頭の中で考えると、無意識に手が魔導書へとのび、またいつもの感覚のように俺が求めている魔法がどこにあるのかが分かった。

 俺はそこに書かれている物を日本語で読む。


「座標交換」


 唱えた瞬間、あたりは黒い霧のような物に覆われ、晴れたかと思うともう目の前には逃げようとして馬を死にもの狂いの血相で走らせているおっさんの乗る馬車があった。

 いきなりのことで少々驚くけれども、俺はすぐに黒魔法を唱える。


「黒の玉!」


 意識をあの未知の生物に向け言い放つ。と言うか気持ち悪いな。目前にしてみるとその全容の姿が分かったが、三メートルぐらいある人間の体にドラゴンみたいな顔がアンバランスにもついてあって仰々しすぎる。


 といつもの通り黒い玉が出て、それが見事に化け物にヒットした。


「ぎゅやああああああああああああああああああああああああああ!?!??!?!」


 耳につんざく断末魔をあげながら、そいつの体は黒い玉が当たった部分がなくなり、鮮血がドバッとででいた。こ、これはグロすぎるだろ。人間の体っぽいのも相まってなかなか悲惨だった。

 黒い化け物は、もうびくともせずに真っ二つと成り果てていた。


 走っていた馬車は、俺を越すと、事態に気がついたのか走るのをやめた。

 馬車の手綱を握っていたでっぷりとしたちょびひげのあるおじさんが口をがっぽりと開けていた。

 が、すぐに表情を変え、馬車に乗ったままこちらへと向かってきた。そして、いそいそと降り、近づいてきた。

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