奴隷を得る


「い、いやぁ~、まさか魔術師様に助けてもらう日が来るとは、私は幸福者でございます。いや~ありがとうございます」


 すごく媚びるような瞳だった。このような目で話しかけられる事はほとんどなかったので違和感を覚えるし、なにより家族以外と話すのは久しぶりすぎてなんて言おうか迷ってしまった。


「あ、そういえば忘れておりました。私はこういう物でございます。へっへへへ」


 ふところから名刺みたいなのを俺に渡してくれたが、全く字が読めない。日本語でも英語でもない文字だ。


「お礼がしたいんですけども、金銭はいったいどれほど・・・?」


 文字に困惑していると、お金の話が出てきた。さすがにお金をもらうのは違う気がしたので他のお礼をもらうことにした。


「あの、お金はいいので乗せてもらえませんか。その・・・馬車に」


「そ、その程度ならお任せください! いい席はありませんが、仕入れた毛布がありますので、それをしいてそこにお座りください。それに魔術師様ともなると私めが差し上げれる金銭などはした金でございましたね。それでしたら私めの仕入れた商品が王都にありますのでそれで勘弁してもらえないでしょうか?」


 商品をくれるのか。はっきり言って運んでくれるだけでいいのだけれど、ここまでの対応なのだ。魔法を使える魔術師は身分が高い存在であると予想でき、その身分の者に断られると逆に心配をかけそうだったのでおとなしくもらうことにした。それにもらえるならばもらうにこしたことはない。


「あ、ありがとうございます」


 俺はそこから馬車に乗せてもらい、言われた通り毛布を使わせてもらったので王都までの道のりは初めての馬車にもかかわらず尻が痛くなることはなかった。

 運んでもらった商人? の人のおかげで簡単に王都に入ることができた。

 王都はなかなかの賑わいでいろんな種族の人がいた。猫耳だったり、トカゲの人のようだったり。普通の人もいるけれど、ほんと人種のるつぼならぬ種族のるつぼだ。

ガタンゴトンと進んでいき、だんだんと人通りも少なくなってきた。そしてほとんど人がいない道に来ていた。商人の仕事をしていると予想していたので、すこし違和感を覚えた。

 と、馬車は徐々に走りを辞め、完全に止まった。すこし時間がたった後に馬車の扉が開かれた。


「つきましたので、どうぞお降り下さい。」


 俺は促されるまま降り、彼の後に続いた後衝撃的な光景が目に入った。

 檻の中に多くの人が入っていたのだ。この光景に違和感を覚え、少し聞いてみると彼の仕事は奴隷商といった。不思議そうに答えていた当たり、おそらく渡された名刺に書いてあったんだろうが、普通に字読めないし、この展開は読めなかった。

 というか商品をくれるとか言っていたけれど奴隷なんてもらえない。人の人生をもらおうだなんてできるはずもない。

 それにここにいるのが本当につらい。奴隷の目線が、あの諦めきった視線が突き刺さる。断って早くここから出ようと思った時だった。一人の奴隷の人だけ異様なほど傷がついているのだ。ぐったりとしていて、およそ生気を感じない。ほかの奴隷の人たちは身なりはともかく顔色は悪くはなかった。顔つきは暗かったけれど、商品としては、商品だからこそ丁寧に扱っているのだとわかる。てか、生きている人が商品ってなんだよ。根本的なことを考え、嗚咽しそうな感覚になる。同族が同族を売る、その行為には恐怖しかわかない。

 てかなんであの子だけあんなに外傷があるんだ。このままじゃ死んでもおかしくない状況だ。


「あの、なんであの子だけあんなにけがしてるんですか?」


「んぁ? あのガキですか? あのガキ肌が褐色で目が赤く、銀髪でしょう? あの外見はまるっきり魔族の類じゃないですかぁ。例え魔族じゃないとしても不吉すぎてだれも買い取ってくれませんよ。商品になりませんね。この前、物好きな旦那が買っていきましたが、使えねーとすぐに返品されましてね。まぁそのまま死んでもらった方がばんばんざいでして」


「ち、治療とかしないんですか?」


「え? しませんよ。価値なんてないんですから」


 価値なんてない、すらすら出たその言葉はちょっとした微笑とともに消えた。

 実質の殺害予告。見殺しだ。苛立ちを覚えながらも、これがこの世界でのリアルなのだと実感した。後にも先にもなさそうな嫌な実感だ。


「じ、じゃあ俺にください。」


 本当にとっさに出た言葉だった。一考しなければならない行為だというのに愚直にも率直に言ってしまった。


「え、ええ。いいですけれど本当にこれでいいのですか? 傷もついてますし、もうじき死にますよ」


 死、その言葉の希薄さを感じた。確かに他人が死んだとニュースで聞かされても、少々心が痛むだけでその死の知らせは自分にとっては希薄なものだが、他者の死を目前にするとそれは色濃く濃厚に絡みついてくるのだ。覚悟もないのに、俺は同じ言葉を吐き出す。


「お、俺に下さい」


 くださいなんて言葉が、いやに気持ち悪く感じた。


「え、ええかまいませんが。もらってくれるならこちらとしても助かりますし。では奴隷紋を入れますので少々お待ちいただけますか?」


「奴隷紋? ですか…。それはいいのですぐは駄目なんですか?」


 迅速な手当てをしないと手遅れになってしまう。


「そ、そういうわけには行けませんよ。奴隷に奴隷紋をつけるのは法で決まっていますから」


 慌てたように言う。一刻を争うような事態だけれど、まつ他なさそうだったので俺は了承した。

 奴隷紋は存外早くつけ終わった。何がスタンプみたいなのを肩らへんに押しただけだった。


「それではまたよしなにお願いします」


 ふらつきながら歩く名も知らない幼い子を支えながら外に出る時、そう言われたがもうよしなにすることはないだろう。

 と、とにかく治療しないと。見るだけで痛々しい傷がいくつもあるし、支えているその体は嫌に軽い。細すぎるのだ。


 ここではどうしようも出来ないと思い、帰ろうとするも一つここで疑問が生まれた。果たしてこの子は俺の世界に行けるのだろうかと。俺は指輪を外すだけで帰れるけれどこの子はどうなのだろう。肌と肌が触れ合っていれば帰れるのだろうか。

 ええい、悩んでいたって仕方がない。まずは試してみなくては。そう判断し、肩に触れたまま俺は指輪を外した。その瞬間、俺はいつもの部屋へと移動した。

 そして喜ばしいことに、奴隷の子は俺が思考した通りにそこにいた。


「よしっ!」


 喜んだのも束の間、奴隷の子は体力の限界だったのか倒れてしまった。


「嘘だろっ」


 俺はすぐに抱き抱え、ベッドに寝かせる。息は浅いながらにもしていたので命はあることを確認した。

 そこからはもう必死だった。体を拭いて、意識が薄いながらもおかゆをなんとか食べさせ、消毒をしてから絆創膏を所々に貼り、安静に寝かせた。

 体を拭く時に確認したが、どうやら男の子らしい。それに、浮き出てくる骨を見ると悲壮な生活をしていたことがわかった。

 ここまではしたが、しかしながら依然として顔色が悪かった。

 どうしたものかと考えていた俺の目にはあの黒い本が映っていた。

 黒魔術で何か回復する手段はないのだろうかと考え、俺は本を手に取り意識をこの子の回復に意識を向けた。

 そうするとどこの項目に回復に役立ちそうなものがあるのかが無意識にわかり、そこを開く。

 俺はその魔術を口にした。


「黒の眷属」


 唱えた瞬間、少年は少々唸りを上げ苦しそうにする。が、すぐにその寝顔はだんだんと安静が見え始めた。

 その様子を見るに、体力の回復にこの魔術は少々なりとも役には立ったみたいだ。

 そして、驚くべきことに外傷が全て消えていたのだ。額の擦り傷が消えたので、まさかと思ったけれど絆創膏を貼っていたところの傷がもう癒えていたのだ。

 さすがは黒魔術と言った所か。...しかし、どうにもこの魔術は有能すぎて怖い。自分に見合ってなさすぎる能力を持つのは、さながら包丁を持つ五歳児な印象を受け単純に怖かった。


 というかだ。これからどうするかを考えなくてはいけない。衝動的にこの子を奴隷にしてしまったけれど、全くもって目処が立たない。この子をどう扱うかの。

 家族からも隠さないといけないし、この子の衣食住も保護しなければならならいし、やらなければ悪いことは後を絶たない。


 自分にできるのか?


 人を1人面倒見るなんて、自分自身でさえ面倒を見てもらっている側なのに。


 未来への責任に、一気に胃が痛くなる。


 これまでの人生、ほとんどが裏目裏目となってしまうようなものだった…というか自分の要領が悪くて、そうなってしまったのが関の山なのだけれど。


 まじで、本当にどうしよう。

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