第16話
「ただいま」
家に帰って最初にすることは、今日一日の報告だ。
授業内容は勿論のこと、誰とどんな会話をしたか、どんなことがあったかを漏らさず伝えなければならない。
「明日は、行ってもいいよね?」
今日も調子は悪くなさそうだ。
いや、何よりさっき話した美紗ちゃんのことが気になるのだろう。
「そうだな、明日の朝、バストが一センチ大きくなってたら行っても──ぐはっ!」
「これは、スミちゃんのぶん」
は? いや、確かにスミちゃんは慎ましいお胸をしてらっしゃるが。
「これは、」
ま、まさか。
「私のぶん!」
「ぐはっ!」
まさか二回も
「これは、」
え? まだあるの──
「ぐはっ!」
「世の中の貧乳女性のぶん!」
「知らんがな!」
「今度貧乳とか言ったら粗末なご子息さんって言うからね」
貧乳なんて一言も言ってないのだが。
それより、殴られるより今の言葉が一番痛かったのだが。
「俺は、スレンダーな方が好きだけどな」
「お兄ちゃんは、股間がスレンダーって言われて嬉しいの?」
「ごめんなさい」
「まあそんなことより」
そんなこと……。
「美紗ちゃんが心配だからメッセージ送らなきゃ」
スマホでのやり取りも、俺と関係がありそうなら葵と共有する。
今日みたいな状況も、本来の葵なら美紗ちゃんに声を掛けていただろうから、こうやって後から電話やメッセージでフォローしてもらわなきゃならない。
「そういや、ヤッさんと石上さんが美紗ちゃんに付いてあげてたなぁ」
あまりプライベートなことなら先生も追い返すだろうが、三人揃って職員室から戻ってきたことを思うと、ヤッさんも石上さんも一緒に話を聞いてあげたのだろう。
「行動力のヤッさん、サポートの石上さん」
何故か葵は得意げに言う。
頼れる仲間がいるということは、ちょっと自慢なことなのかも知れない。
「元ヤクザの鉄砲玉と生徒会長だからね」
なるほど、そりゃあ頼りにな──なっ!?
「ちょっと待てい!」
「どしたの?」
「ヤクザの鉄砲玉ってどういうことだ!?」
「あ、鉄砲玉って呼ばれる人は、行ったら帰ってこないって意味だから、厳密に言うと違うね」
「そこじゃねーよ! ヤクザっぽいんじゃなくて元ヤクザかよ! しかも鉄砲玉かよ! 普通にこえーよ!」
「でも、アニキが殺されたカタキを取るために銃を持っていたところを、なんと職務質問で捕まってしまったというお茶目なところも」
「全っ然お茶目じゃないから! 普通に殺人未遂レベルだから!」
「銃刀法違反で三年で出てきたらしいよ?」
「そこじゃねーよ!」
「アニキのためだって、情に厚いよね」
「そこでもねーよ!」
「私も、お兄ちゃん=アニキだけど?」
「は?」
「もし誰かがお兄ちゃんを殺したら、私はその誰かを殺すと思う」
「……」
うん、たぶん、俺も同じだ。
でも、住む世界や価値観が違い過ぎる。
俺やお前のような一般人が殺された場合と同列に語るのは危険なんじゃないか?
「両親がいなくなって唯一の家族だったアニキとヤッさんの生い立ちを聞いたら泣くよ?」
「マジ兄だったのかよ!」
「え? だからアニキって」
「いや、そうだな。たった一人の家族なら、判らなくも無い、か」
「で、出所を機に足を洗って、一から学び直そうって決めたんだって」
怖くないわけじゃないけど、根は悪い人じゃ無いんだろう。
ただ、絶対に怒らせたらアカンやつだ。
「ヤッさんのことは判ったけど、どうして事前にその情報をくれなかったんだ?」
葵になりきるためにはクラスメートのパーソナルデータは重要だし、判る範囲で教えてくれてるものだと思っていた。
「だって、元ヤクザとか言っちゃうと、お兄ちゃんは偏見を持って見ちゃうでしょ?」
「偏見も何も、どっから見てもヤクザだし! つーか今の話を聞いていた方が偏見が薄れるわ!」
「ごめん」
「いや、まあそれはいいとして、他にも──そうだ、石上さんが生徒会長ってのも初耳だぞ?」
「あーそれは、単純に忘れてた」
くそっ。
てへっと舌を出されると怒れん。
ついでにその顔を真似してみる。
いつか使うときがあるかも知れん。
「えっ……私、そんな気持ち悪い顔してた?」
「お前は気持ち悪くねーよ! 俺がキモいだけだよほっといてくれ!」
「冗談だって。お兄ちゃんカワイイ」
「うっさい。で、石上さんは人望が厚いわけだな?」
「それは当たってるけど、定時制の生徒会長って、学級委員長に毛の生えたようなものだし」
「つまり?」
「立候補とか推薦とか、そもそも選挙とか無くて、先生が決めて打診して終わり。ま、そんな手順を踏んでられないからね」
……そんなんでいいのか?
まあ生徒数も少ないし、時間帯からして生徒が自主的に活動できることは限られているだうけど。
「タナカ先生はいい先生だよ?」
「何だよ、いきなり」
「生徒に慕われてるタナカ先生が石上さんを選んだんだから、それはもう私達の総意で選ばれたも同じ」
また得意げに言う。
それが、何だか羨ましくなってきた。
クラスメートだけじゃなくて、先生も含めて信頼し合ってるんだな。
俺はまだ話したこともない人が何人もいるけど、この先、葵の口から誰かの悪口を聞くことも無いのだろうと思う。
「あ、そういえばクジラちゃんだけど」
彼女と会話したわけではないけど、些細なことでも報告しておかねば。
「クジラちゃんがどうかした?」
「授業中にパンを食べてた」
「えっ!? あのクジラちゃんが!?」
普段は真面目で、そんなことする子じゃないんだろうか。
「いつも絶対おにぎりなのに!」
「そっちかよ!」
「おにぎりに飽きちゃったのかなぁ」
「知らねーよ! つーか、何でクジラちゃんなんだ? どっちかっていうとイルカって感じだし、ダイエットでもしたのか?」
「よくわかんないけど、めっちゃ潮吹くって自分で言ってたから、みんながそう呼ぶようになって」
「……」
「どしたの?」
「いや、何でもない」
「
あのヤロウ、潮じゃなくて泡を吹かせてやろうか。
……でもまあ、楽しそうな葵を見ていると、夜の学校で学ぶ人達に感謝せざるを得ない。
きっと、そんな彼らに俺も惹かれているのだろう。
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