第14話

「ところでクソ日向」

二時間目が始まるまであまり時間は無いが、スミちゃんは食後のお茶まで付き合ってくれる。

テーブルの上には大きなヤカンと湯呑茶碗が置いてあり、お代わりは自由だ。

ご飯の時と同じく、彼女は俺が飲むのを見てるだけで何も飲まないのだが、いくら子供の頃に親しかったとはいっても、これだけの美少女にじっと見つめられると落ち着けない。

俺は湯呑にヤカンのお茶を注ぎ足し、何かを誤魔化すようにお茶をすすった。

「下着はどうしてるの?」

「ぶふぉっ!」

盛大にき出した。

いくら子供の頃に親しかったとはいえ、年頃の女の子に下着の話を振られると動揺せざるを得ない。

幸い、周りに座っている人はいないので被害は無かったが。

……スミちゃん以外は。

「ご、ごめん!」

俺はハンカチを差し出すものの、容赦の無い可愛らしさで睨んでくる。

……容赦の無い可愛らしさって何だろう?

「思い残すことが何一つ無くなったら死んで」

セリフと合うような合わないような冷たい声。

また死ぬための条件が増えてしまった。

どうやら俺は、相当に長生きして、相当に幸せになって、その上で輪廻転生を繰り返すらしい。

「ごめん、言い過ぎた」

「どこが!?」

「え?」

相変わらず、スミちゃんのアホさ加減は可愛らしいなぁ。

「思い残すことが山ほどあっても精一杯生きて?」

「そっちの方が嫌だし!」

「で、妹のパンツを履くという生涯の目標は達成されたの?」

「そんな目標は無いから!」

「……」

またジト目だ。

「そのブラは、あおいのよね?」

俺の胸を注視する。

「う、うん」

「パンツは?」

「あ、葵のです」

「首を吊ることをお勧めするわ。ひもが切れる方に一億賭けるけど」

何だか知らないが、スミちゃんは絶対に俺を死なせたくないようだ。

「相変わらずブラコンか……」

「え?」

溜め息混じりにそんなことを言うスミちゃんは、一瞬だけ大人びた表情を見せる。

「私は……お兄ちゃんにパンツを履かれるのは嫌だなぁ」

クソ兄貴ではなく、お兄ちゃんと言った。

何だかんだ言っても慕ってはいるのだろうと思う。

「あーもう、クソ日向は妹のパンツを履いてますって、全日制の教室に行って叫びたい気分」

「やめて!? ていうか何故!?」

スミちゃんはそれには答えずに、またジト目で俺を見て、更に唇までとがらせる。

完全にねた時の顔だ。

「パンツ、自分用のを買った方がいいかなぁ」

俺は何を言っているんだろう。

自分用が女用って何用だよ。

でも、スミちゃんはこくこくうなずき、そうすべき、みたいな顔になる。

やはり妹のパンツを履くというのは、他人から見て気持ち悪いんだろうなぁ。

「あ、あの」

珍しく、スミちゃんが遠慮がちな口調。

「ん?」

「も、もしよかったら私の……」

「私の?」

「えっと、わ、私の……パ……ソコンを使って注文すればいいんじゃない?」

ネット通販で買えってことか?

「いや、俺もパソコンは持ってるし、スマホからでも注文出来るし?」

「で、でも、男性名で買うのは恥ずかしいでしょう?」

「それは葵の名前を使えば問題ないし」

「……」

また唇を尖らせる。

散々シスコンって言われてるのに、何でもかんでも葵に頼るなということだろうか。

「じゃあ、スミちゃんにお願いしようかな」

ぱぁーっと表情が輝く。

子供みたいに単純だけど、その魅力は子供のそれではないし、ドキドキするほど可愛らしい。

やっぱり、容赦ないよなぁ。

「一緒に選ぶ? それとも私に一任する?」

「一緒に選ぶのは恥ずかしいし……」

「じゃあ任せて。男の尊厳がズタズタになって死にたくなるけど絶対に死ねない可愛いのを選ぶから」

「どんなの!? ていうかやめて!」

「取り敢えず、クソ日向に似合いそうなのを五枚ほど買っておくね」

俺に似合いそうって、それはつまり葵に似合いそうということだろうか。

それとも、スミちゃんのことだから、スミちゃんらしい高級そうなものだろうか。

何にしてもスミちゃんは楽しそうで、俺は子供だった自分が、その笑顔を求めてやまなかったことを思い出したりした。


教室に戻ると、一時間目より生徒数は増えていた。

大体、一時間目の出席率が七割くらい、二時間目以降が九割といったところか。

入学当初に十割近かった出席率は段々と下がり、三年生になるとやや持ち直す。

この頃になれば、明確に卒業を目指す生徒だけが残っているからだ。

一時間目には姿が無かった美紗ちゃんも登校してくる。

あれ?

ふと違和感を覚えると同時に、ヤッさんが立ち上がった。

ちょうど二時間目の国語教師、担任の高中先生が入ってきて二人に目を向ける。

ちなみに、葵によると、みんなからはタカナカ先生ではなくタナカ先生と呼ばれているそうだ。

理由は呼びにくいから、それだけだ。

「美紗、どうした?」

ヤッさんが、強面こわもてに似合わず意外と優しい声で言う。

やっぱりクラスのリーダー的存在なのだろう。

「どうもしてないし」

美紗ちゃんは、少し突っぱねるような口調。

二人のそんな短いやり取りがあって、取り敢えずといった感じで授業が始まるが、先生を含め、みんなが時おり美紗ちゃんを気遣わしげに見る。

確かに、美紗ちゃんの目元は少し赤かった。

いつもより静かな教室。

単なる好奇心とは違う空気。

どこか連帯感のようなものに包まれる中で、美紗ちゃんは何かをこらえるように、ずっとうつむいていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る