第7話

美少女(?)三人で夜道を歩く。

まだ九時過ぎだし、それほど治安の悪い地域でも無いが、万が一のことがあれば俺が立ち向かわなければなるまい。

「大体さぁ、なんで女装までしようと思ったわけ?」

男気おとこぎを振るわせていた俺を、暢気のんきあかねが発した女装という言葉が打ちくだく。

まるで理解出来ないと言いたげな口調だけど、スミちゃんも横でうんうんとうなずいている。

「だってお前、あおいが留年したら茜だって嫌だろ?」

「そりゃそうだけど、それとは全く違う次元の話で、普通は女装までしようとは思わないじゃん」

スミちゃんが横でうんうんと頷いている。

生理だから車で送ってもらった方が良かったんじゃ、と心配したけれど、ご機嫌というか元気そうだ。

「うーん、女装出来てしまう容姿だった、というのが前提としてあるけど」

スミちゃんが横でうんうんと頷き、

「クソ日向ひなたは男子がはなはだしく崩壊してるし」

なんて呟く。

「いや、ほっといてくれ」

実際、出来てしまった自分に悲しくなるのだ。

「それはまあともかく、そもそも葵は、俺よりずっと頭がいいだろ?」

スミちゃんが激しく頷く。

コイツは黙ってても態度や仕草で毒を吐くのだが、頷く仕草だけ見てれば可愛くもある。

「実際、中学の時にちゃんと授業を受けて出席日数さえ足りていれば、葵は絶対に全日制に受かっていたはずだ」

「まあ中学の時のテストでも、大抵は葵の方が日向君よりいい点だったよね」

俺は頷くが、中学時代を知らないスミちゃんは途端とたんにつまらなそうな顔をする。

相変わらず我儘なようだ。

「俺は葵がさ、翌年には全日制を受け直すと思ってたんだ」

「え?」

「でも、葵には全く合わないと思っていた定時制が、何故か葵は居心地が良かったみたいで、クラスメートに恵まれたって言ってた」

「それは、私も同じかな」

「だから葵が、あのクラスのみんなと一緒に卒業出来なくなったりしたら俺も嫌だし、たった一日だけ通った俺が言うのもなんだけど、みんないい人達だなって感じたから、俺のやり方は間違ってないと思う」

「まあ……結局はシスコンってことか」

「ちげーよ!」

「クソ日向のやり方はともかく、クソ日向の存在が間違ってるから」

「うっせーよ!」

ったく、コイツらはホント好き勝手言いやがって。

……でも、葵が定時制に馴染めたのは、コイツらのお蔭でもあるんだろうな。

笑顔が人懐っこい小動物と、お澄まし顔のお嬢様。

「茜とスミちゃんが頭が悪くて良かった」

素直にそう思ったのだが。

「シバくぞ」

既にシバかれていた。

「虫けらが頭が良くても虫けらでしょ」

わー、ヒドイこと言われてるなぁ。

でも、何故か腹が立たない。

理由は判らないけれど、もしかしたらこの二人には悪意なんて無いのかも知れない。

だから、久し振りに会ったのに三人でいるのは意外と心地よくて、あっという間にスミちゃんの家の前に着く。

相変わらずデカい家だ。

「……」

「どうした? 着いたぞ」

さっきまでゴキゲンだったのに、恨みがましい目をしてくる。

「また私をけ者にするつもり?」

「また? 除け者って、家に着いたらお別れだろうが」

「茜の家の方が近いのに」

「え? そうなの?」

茜が何も言わないものだから、俺はまず、場所を知っているスミちゃんの家に向かっていたわけだが。

「うん。私んち学校からめっちゃ近いよ」

「先に言えよ!」

「まあミジンコ並の頭で私の家を憶えてるくらいストーカー気質なのは判ったからもういいわ」

えらい言われようだが、やはり悪意は感じない。

考えてみれば子供の頃からそうだったな。

「とにかく、今日は会えて良かったよ」

「……」

まだなんか不服そうだ。

そういえば、子供の頃は頭をポンポンすれば機嫌が良くなったような?

……やるか?

いや、しかし、もう高校生だしそんなガキみたいなこと……。

でも、スミちゃんは少しうつむき加減で、手頃な位置に頭がある。

……ポンポン。

「っ!?」

あ、やっぱり睨まれる?

「死んで! 死んだら絶対許さないから!」

どっちだよ!?

「クソ日向なんかクソして寝てればいいのよ!」

お嬢様にあるまじき言葉を発して、門の向こうに駆けていく。

門から玄関のドアまで走れるだけの距離があるのも凄いことだが、それだけの距離があるとどうしても──ほら、やっぱり振り返った。

俺は手を振る。

子供の頃と同じ構図で、最後は勢いよくドアを閉めるのも同じ。

「ったく、相変わらずだなぁ」

「ぷっ」

「何だよ、何がおかしい?」

「いや、お互い様だと思って」

「どこが?」

「私は子供の頃のすみれちゃんは知らないけどさ、きっと菫ちゃんは、日向君が相変わらずシスコンなのに腹が立って、相変わらずシスコンなことに安心したんじゃないかな」

「は? 意味が判らんぞ」

「シスコンに始まりシスコンに終る、みたいな」

「終わってねーし、始まってもねーよ!」

「まあ私も、日向君が中学の時と変わってなくて安心した。いや、より女らしくなって驚愕きょうがくした」

「うるせーよ!」

「私はここまででいいよ。また同じ道を戻んなきゃだから」

「いや、いいよ。送るって」

「ダメ。つい女の子同士みたいに錯覚しちゃうけど、日向君は男の子なんだから」

「俺が送り狼になるとでも?」

「違うって。男だって判ってても、その姿だと抵抗が無くなっちゃうの。パンツ見せちゃった時みたいに」

「え、いや、つまり?」

今さら照れ臭そうな顔をする茜に、少しドキッとさせられる。

「襲っちゃうかもよ?」

悪戯っぽい笑顔は、どこまで本気で言っているのか判らない。

「葵の場合は襲わないんだろ?」

「葵は女の子だもん」

葵は女の子だからダメで、俺は男だとダメで、女装した俺は中身が男でも見た目は女だから襲う?

「やっぱり意味が判らんぞ」

「判んなくてよろしい。とにかくまあ今日はここで。じゃあね」

「あ、おい!」

茜は言いたいことだけ言って駆けていく。

小さくなっていく背中が何故か弾むように見えて、俺も何だか心が弾んだ。

「結局アイツは、何が言いたかったんだろう」

俺は、その言いたいことの意味を考えたり、昔のスミちゃんを思い出したりしながら、家までの道をゆっくり歩いた。

空を見上げると星が瞬いている。

朝から夜まで学校の一日だったけど、何だか心地よい疲れに包まれて、俺は一人で頬をほころばせていた。

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