第2話・俺のカノジョの先生が可愛すぎる件

なんだったら、今日は色んな意味で自重してほしかったな」

「大丈夫。今は業務時間外で、ユウくんのカノジョだから」


 言いながら、いきなり腕を絡めてきた。俺は慌ててそれを引き剥がすと、周囲に目撃者はいないか、あたりを見回す。

 大丈夫、誰もいない。

 ほっとしている俺を横目に、先生は楽しそうに笑っていた。


「ユウくん、ビビリすぎ」

「むしろ先生は何でそんな肝座ってんだよ」


 恋人である真中ハルを、俺は先生と呼んでいる。

  先生と言っても、本当に教師なわけではない。彼女は教育学部の学生で、教員志望なのだ。来年には教育実習生として、母校で教鞭を取るらしい。今はその予行演習として、俺が通っている予備校のアドバイザーとして、アルバイトをしている。業務は講師的な要素が強く、生徒の勉強や進路などの相談に乗ったりする事だ。加えて、彼女は予備校の提携塾で授業もしているので、実際に先生でもあるのだ。


 生徒たちはアドバイザーのことを先生と呼ぶ事が多いので、俺もそれに習っている。


「業務時間外だろうが、生徒との交際はでしょうが」

「それは言いっこなし」


 拗ねたように、少しだけ唇おを尖らせた。それが可愛くて、また胸がキュンとなる


 しかし、実際に彼女は就業規則に違反している。就業規則では、生徒と個人的な関係になってはいけない旨が記されているらしい。ただ、ネットで集めた情報によると、予備校のアドバイザーは結構その規則を破っている人も多いんだとか。真偽は定かではないのだが、こうしてこっそり付き合ってる連中は多いのだろう。


「就業規則どころか青少年育成保護条例にも違反しちゃってるけどね、私」

「ゲホッゲホッ」


 思わず咳き込んでしまった。

 これも間違いではない。

 俺は、彼女に色んな初めてを、奪われてしまっている。初デートも、初ドライブも、初キスも、⋯⋯おおよその事は奪われたので、青少年育成条例的には、アウトだ。

 彼女いない歴=年齢だった俺は、この数か月で色んなものを失ってしまったのだ。


「訴えないでよ?」

「訴えねーよ」


 青少年保護条例は、親告罪だ。俺が言わなければ、彼女が罰せられることはない。あとは保護者にも訴える権利はあるが、うちの親は放任主義だし、何より、俺の成績は今のところ伸びている。うちの親に彼女を責める理由がないのだ。


「そういうのを危惧してるなら、尚更今日来るのはまずいんじゃねーの。先生の受け持ってる生徒、この学校に何人もいるだろ?」

「私たちが仲良いのは皆知ってるし、大丈夫じゃない?」


 先生はどこまでも楽観的で、笑っていた。

 私たちが仲良いのは皆が知っているのではなく、「あの二人怪しい」と噂になっているだけだ。


「それにさ、今日を逃したらもうないでしょ?」

「なにが」

「学校で過ごすユウくんを見る機会」


 嬉しそうにはにかむ彼女を見て、また胸がドキッとする。

 不意を突いてこういう事を言ってくるから、先生はずるい。


「私はここの卒業生じゃないからさ、今日を逃すと無いわけさ」

「それを言うなら、俺も先生の制服姿見たかったんだけど」

「今度着てあげよっか? 多分イケると思うよ?」

「⋯⋯ぜひお願いします」


 嗚呼、欲望と誘惑に逆らえない男という性。どうして男はこうも愚かなのだろうか?


「じゃあ、今日の学園祭デート、ちゃんとエスコートしてね」

「は!?」

「はい、契約成立っと♪」

「ちょっと待って、やっぱり取り消し」

「残念でした。クーリングオフは受け付けてません」

「悪徳業者すぎる」


 こっちの返答には無視して、先生が俺の手を握って、恥ずかしそうにこちらを見上げてくる。そうやってドキっとさせて、うやむやにされてしまうのだ。彼女のやり口なら知っている。知っているけれど、逆らえない。


「あ、ユウくんのスリッパ履きたい。交換してよ」

「は? 何で?」

「だってこのスリッパ、底が薄いから」


 背が低く見えちゃう、と唇を尖らせて言った。

 来客用のスリッパは底の浅いスリッパだ。一方、俺の履いている上履きは、サンダルのような突っ掛けタイプで、底が少しだけ厚い。と言っても、せいぜい3センチ程度だと思うのだけれども。


 彼女は背が低い事を気にして、いつも7センチぐらいのヒールやブーツを履いてきている。彼女の背は153センチで、少し背が低い程度だと思うのだが、本人いわく、コンプレックスらしい。

 結局そのままスリッパも交換させられた。なぜか在校生の俺が来客用のスリッパを履いていて、先生が『3-1 ミヤザキ』と書かれたスリッパを履いている。


「わあ、やっぱりサイズおっきいね。さすが男の子」

「一応26.5センチとかだから。足元気をつけて」

「ところでさ」

「なに?」

「この上履き、女の子が履いた事ってある?」

「あるわけないだろ」


 そう答えると、先生は「そうなんだ」と嬉しそうにはにかんで、また腕を絡めてきた。

 先生の香水の匂いが、一気にまとわりついてきた。この質問にどういう意図があるのかは、教えてくれなかった。


「じゃあ、まずは一年生のところから回ろっか?」


 いつ手に入れたのか、先生が学祭のパンフレットを開いて、指をさしてきた。

 先生の受け持っている生徒の中には1年と2年はいないので、まずはから攻めようという事らしい。その提案に乗ることにして、早速1年生の教室が並ぶ3階を目指した。


 こうして、先生と生徒の、少しだけスリリングな学祭デートが始まった。

 誰にも見つかりたく無い反面、この可愛い彼女を自慢したい気持ちでいっぱいな俺もいて、人間とはやっぱり矛盾した生き物だと思った。

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