きみの手が生み出す世界
壱樹先輩に触れられることなんてもう慣れたと思っていたのに、今、触れた手と言葉は浅葱の胸を熱くした。空気が元のものに戻ってきた。
いや、元通りどころか、ずっと優しくあたたかなものになっている。
壱樹先輩は、浅葱の手を撫でた。いつくしむような手つきで。
そして手袋に手をかけた。するっと手袋を外してしまう。
どきどきしながらも浅葱はされるがままになった。
素手に壱樹先輩の手が触れる。
いつも通り、しっかり大きくてあたたかな手。その手がしっかり浅葱の手を包んでくれた。
「浅葱の生み出す絵が……世界が好きだ。一番近くでそれを見ていたい」
この手から世界が生まれる。
それは浅葱のことだけではない。壱樹先輩だって同じことだ。
あのとき、ムーンバックスでお茶を飲みながら話したこと。
今度はもっと、現実的になって伝えられている。
浅葱の心が、ふっとゆるんだ。あたたかさが胸まで伝わったように広がっていく。
「私だって同じです」
浅葱の言った言葉もあのときと同じだった。
でも、四月からもそれが叶えられると知ってもっと気持ちは強くなった。
浅葱は手を動かして、自分からも壱樹先輩の手に触れる。きゅっと握った。
「壱樹先輩の手が生み出す世界。私にも一番近くで見せてください」
それは約束。
これからもっとたくさんの絵を描きたい、と思う。
部活で、プライベートで、それからビケンで。
もっともっと先のことを言うなら、二年後に同じ大学で。
ずっと隣で見ていたい、と思う。
『美しいものを一緒にこれからも見たい』
告白のときに壱樹先輩が言ってくれたこと。
その美しいもの、はたくさんあるだろう。
一緒に見たイルミネーションもそのひとつ。実際にあれから二人できれいなものをたくさん見た。
でもその中でも、きっと一番美しいもの。
それはこの手が生み出す絵。生み出す世界。
なにより美しいそれを、ずっとお互いに見ていよう。
近づいてくる春は、もう悲しいものでも寂しいものでもなかった。
一緒に進める。
一緒に目指せる。
美しくて、見るひとの心を惹きつけて、そしてなにより『自分らしい世界』。
壱樹先輩のそばにいたならば、もっともっと素敵な世界を生み出すことができるだろう。
(完)
きみの手が生み出す世界 白妙 スイ@書籍&電子書籍発刊! @shirotae_sui
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