秋季賞・結果発表

 一月末。いよいよ秋季賞の結果発表がある日となった。

 部活のときに、水野先生から伝えられるらしい。きっと学校経由できただろうから、壱樹先輩も知らない、と思う。

 壱樹先輩ら、三年生にとっては高校生として最後のコンテストだったのだ。みんないい結果が欲しいに決まっている。

 浅葱だってそうだ。一年生ではあるけれど、だからといってまったくあきらめてしまう気はない。

 それは賞の絵を描いていたときからずっと思っていた。なにかしらの賞を取る気で、そういう気合で描く、と。

 一番下の賞でもいい。

 評価されたい。

 美術を、絵画を頑張る身としては当たり前だと思う。

 壱樹先輩のことも、自分のことも。浅葱はふたつの意味で緊張していたけれど、確かに楽しみでもあった。



 その日も部活に部員全員が集められた。もうほとんど部活に来ることのない三年生も全員だ。

 そりゃあそうだろう。

 頑張ってきたコンテスト、秋季賞。結果なんて一番早く知りたいに決まっている。

「みんな、集まったわね」

 美術準備室から水野先生が一枚のプリントを持って出てきたとき、浅葱は喉から心臓が飛び出すかと思った。

 今まではそわそわしていた程度だったのに、一気に息苦しくなってくる。

「気になっているでしょうから、すぐ発表しましょう。結論から言うと、かなりいい結果だったわ。重色高校として誇らしい結果です」

 前置きのあと、真っ先に呼ばれたのは壱樹先輩の名前だった。

「蘇芳くん。準大賞に選ばれました」

 ざわっと部室に大きなざわめきが溢れる。

 準大賞。

 全国ではないが、多くの高校からの応募があるコンテストで準大賞、なんて。

 浅葱の心臓がもっと強く打った。

 壱樹先輩ならなにかしらの賞に入ると確信していた。

 しかし、実際に結果を発表されてしまえば落ちついてなどいられるものか。まるで自分のことのように感動を覚えてしまう。

 すぐに壱樹先輩のほうを見てしまった。それは浅葱だけではなかっただろうけど。

 美術部の視線、すべてが壱樹先輩に集まる。その中で壱樹先輩はついていた机から立ち上がった。

 浅葱の初めて見るような表情を浮かべて、だ。

 顔を真っ赤にしていた。

 それは照れではない。

 嬉しさと、感動と、それから興奮からだろう。

「ありがとうございます!!」

 口から出た言葉も明るくて、このとき、壱樹先輩は『前部長』ではなく、絵画を頑張る一人の男のひとだった。

「おめでとう!」

「おめでとうございます!」

 部員たちから口々にお祝いの言葉がかけられる。浅葱ももちろん、だ。大きな拍手も弾けた。

「最後に素晴らしい結果を出せて良かったわね。部長としての集大成だわ」

「はい! 頑張った甲斐がありました!」

 心底興奮している、という様子の壱樹先輩。

 はぁ、とため息をつくのが見えた。それは感嘆のため息。いい意味でのため息だ。。

 それから次々に名前が呼ばれていった。

 ほとんどが三年生だった。二年生もちらほら。

 佳作、とか、優秀賞、とか。

 数人ではあったけれど、やはり大きなコンテスト。水野先生が『重色高校として誇らしい』と言ったとおりの結果だった。

 でも浅葱の名前は呼ばれなかった。

 まさか、ダメだったのだろうか。一番下の賞すら取れなかったのだろうか。

 今度は嫌な意味でどきどきしてきた。心臓が冷たくなりそうだ。

 壱樹先輩がとても立派な賞を取ったのに、自分はなにもなしなんて。そんなの恥ずかしすぎる。情けなさ過ぎる。

 純粋に結果が出なければ落ち込んでしまうし。

 しかし、浅葱の心配は水野先生の最後の発表で、軽々と吹っ飛んだ。

「審査員特別賞。六谷さん」

 浅葱の意識が、一瞬、空白になった。

 取れた。

 頭の中に、それだけ浮かんだ。

 空白になったのは、どんな賞であるのかわからなかったからだ。

 よくある、大賞、とか、佳作、とか、優秀賞、とかではない。

 審査員特別賞、とは。

 部員のみんなも賞の種類がよくわからないようで、戸惑ったような空気が漂った。

 水野先生はそれを予想していたように、説明してくれる。

「審査員の方が、特別な印象を受けられた、と評価してくれた賞ですね。ちょっと異色かもしれません。どちらかというと『今後におおいに期待している』というものと取っていいものかな」

 ぽうっとしたままの浅葱に、じわじわとその説明は染み込んでいった。

 それが胸の奥まで染み入ったとき。

 かっと、胸の奥で爆発した。

 かぁっと顔に熱がのぼる。きっと真っ赤になっただろう。

 これはさっきの壱樹先輩と同様。嬉しさや興奮から、だ。

 水野先生の説明を飲み込んだのは浅葱だけではない。すぐに美術室内に拍手が溢れた。

 そうだ、お礼を言わないと。

 浅葱はあたふたと立ち上がる。

「あっ、あっ、ありがとうっ、ございます!」

 お礼を言う声は思いっきりひっくり返った。けれどそれを恥ずかしいと思う余裕もなければ、実際に恥ずかしいとも思わなかった。

 だって立派過ぎるだろう。

 賞のひとつに入った。

 おまけに今後に期待している、とまで評価してもらえた。

 嬉しくないはずがない。

 これで発表はすべてだった。賞に入ったひとは手放しで喜んでいたし、そうでないひとたちは賞賛の声や拍手を送ってくれていた。

「入賞したひとは、今度の朝集会で表彰される予定です。その打ち合わせがあるので、今日は少しだけ残ってくださいね」

 水野先生がそんな言葉で締めた。

 今日はまともに作業などできるものか。それで解散となった。

「六谷! やったな!」

 解散後。真っ先にきてくれたのは壱樹先輩だった。今は部活なので、前と同じように六谷、と呼んで。

「はい! やりました! 先輩もじゃないですか!」

「ああ! 超嬉しいよ!」

 素直な喜びの言葉。満面の笑みで。

 きらきらとしていて、とてもきれいだった。

 おまけに。

「おめでとう!」

 がばっと、壱樹先輩の腕に捕まられていた。強く抱きしめられる。

 でもこのときも恥ずかしい、とは思わなかった。それほど感動してしまっていたし、部活内だってそういう空気だったのだ。あちこちで同じようなことが交わされていたのだから。

 ほかのものは女子同士だったけれど、そんなことは関係ないし、今はどうでも良かった。

「……はい!」

 浅葱もそれに応えて、壱樹先輩の背中に腕を回した。素直な気持ちで喜び合う。

 今は恋人としてではない。

 同じ、絵画に向けて頑張る同志として、だ。

 それは違う意味で胸を熱くするものであったし、嬉しくてたまらない、完全に弾けてしまった熱い想いだった。

「今度、お祝いの会をやりましょうね」

 ぱんぱん、と水野先生が手を叩いて、いったんの終わりを告げるまで。

 美術部内の感動と興奮に溢れた空気はやむことがなかった。




 朝集会の表彰はちょうど一週間後だった。全校生徒が集まる講堂。前に出て校長先生から賞状を受け取った。

 アナウンスが上の賞から順番に紹介してくれた。

 『準大賞、蘇芳壱樹さん』と流れたときには、講堂全体がざわめいた。美術部員はあのとき全員美術室にいたから知っていて当然だけれど、ほかにはきっと、賞を取ったひとの友達など、近しいひとしか知らなかっただろう。

 だから、壱樹先輩が賞を取った、それも準大賞など立派過ぎる賞を取ったことは、初めて知るひとのほうが多かったはず。

 モテモテで人気のある壱樹先輩だ。また女子に憧れられる要素が増えてしまうだろう。

 そう思うとちょっと妬いてしまう気持ちもあるやら、でも「この素晴らしいひとが私の彼氏なんだ」と実感すると誇らしいやら。あまり性格の良いことではないけれど、口に出さなければ許される……と思いたい。

 壱樹先輩は事前の受賞者打ち合わせ通り、校長先生の前に出て賞状を受け取った。

 堂々としていてよけいにカッコ良かった。

 そのいくつかあとに浅葱も名前を呼ばれて、同じように賞状をもらった。

 壱樹先輩と同じコンテストで賞を取れたこと。

 それで表彰されること。

 両方が誇らしくてならなかった。

 もらった賞状は家に持って帰って、お父さんやお母さんに見せた。

 中学校のときも小さな賞をもらったことはあったけれど、高校生になってからは初めて、おまけにこんなにいい賞は初めてだったので、家でももちろんお祝いをしてもらった。

 お父さんなどは立派な賞状を、「額に入れて飾ろう」と言ってくれて、浅葱は「大げさだよ……」と照れつつも、確かに嬉しかったのだ。

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