お母さんと先輩と
年も明けて、新年。心新たに、また一年をはじめる日である。
そんな新しい一年は、デートではじまってしまった。
壱樹先輩が「初詣に行かないか」と誘ってくれたのである。
浅葱はもちろん「はい!」と答えるところだったけれど、ちょっと心配になった。
元旦だ。家族と過ごす予定もあるだろう。
それに勉強だって……。
よって、「いいんですか?」と言ってしまったのだけど、壱樹先輩は、そのとき予定を話し合っていたスマホでの通話越しにだったけれど「当たり前だろう」と言ってくれた。
「一年のはじまりなんだ。神様にお参りをしないとな」
そう言われれば当たり前のことであった。それに。
「浅葱と行きたいんだ。一年の最初の行事だし、『きれいなもの』も見られるだろうし」
優しい声で言われたことに、ほわっと胸が熱くなってしまう。
壱樹先輩が告白のときに言ってくれたこと。
『隣できれいなものをたくさん見たい』
その相手に自分を選んでくれたことを、改めて実感してしまった。
そんなわけで、初詣に一緒に行くことになったのである。
神社は、浅葱の住む駅の近くにあるところに行くことにした。そこそこ大きめのものがあるのだ。
よって、壱樹先輩が「迎えに行くよ」と言ってくれて、家まで来てくれたのだけど、そこで事件が起こってしまった。
「あったかくして行きなさいよ」
家を出る前、お母さんに口をすっぱくして言われた。確かに一月の午前中なのだ。今日はだいぶ冷え込む。
「大丈夫だよ。ちゃんとズボンにしたし」
上はクリスマスと同じ赤いコートだったけれど、下は長ズボンにした。
お参りの順番を待つとき、寒い中、しばらく並ぶかもしれない。
冷えて体調を悪くしてしまったら、壱樹先輩に迷惑をかけてしまうし、デートも楽しめなくなってしまう。
なのでスカートで行きたいところだったけれど、ズボンにしておいたのだ。
今日のために茶色のチェックのかわいらしめのものを買ったので、赤いコートにも似合うはずだ。
そんなしたくもしっかり整えたのだけど、玄関のドアを開けて「行ってきます」と言って出かけかけたとき、お母さんが「ああ、あれ」となにかを思いついたように言った。
「カイロ! 持っていきなさいよ」
確かにカイロがあったらあったかいだろう。お腹のあたりに入れておけば、お腹が冷えることもないだろうし。
「すぐ持ってくるから」
そう言って家の中に入っていったお母さん。
しかしそこへやってきたひとがいた。
「やぁ、あけましておめでとう」
壱樹先輩だった。
浅葱の顔が、ぱっと明るくなった。年が明けて初めて会う。
それだけでなく、冬休みに入って初めて会うのだ。
ほんの数日なのに、ずいぶん長く会っていなかったような気がして、心が踊ってしまった。
「あけましておめでとうございます! 今年もよろしくお願いします!」
ぺこっとおじぎをする。壱樹先輩は「浅葱は律儀だな」と笑って、でも「俺こそよろしくな」と言ってくれた。
これからの一年も、一緒にいられる。朝から嬉しくなってしまった浅葱であったけれど、そこへドアが開く音がした。
「浅葱! カイロあったわよ……。……あらっ」
カイロを手にして出てきたお母さん。
浅葱が待っていたことはわかっていただろうけれど、隣にいた壱樹先輩を見て、きょとんとした。
……あっ。
浅葱はそこでやっと気付いた。
一気に顔が熱くなってきてしまう。
男のひとがこんなところにいるのだ。明らかに浅葱と親しげな様子で、一人で来ているのだ。
お母さんに、その意味が、わからないわけが。
お母さんにはまだ、彼氏ができたという話はしていなかった。
まさかこんな形でバレるなんて。いや、バレたよね。どうしよう、高校一年生で彼氏なんて早すぎるとか言われたら。
そんな心配が膨れ上がるやら、単純に恥ずかしいやらで、浅葱はなにも言えなくなってしまった。
けれどそんな浅葱のすぐ隣に、すっと壱樹先輩が並んできた。
「初めまして。お母様ですよね。蘇芳 壱樹といいます」
しっかりと名乗って、ぺこっとおじぎをする。
お母さんもおどろいたに決まっているけれど、壱樹先輩ははっきり言ってくれた。
「浅葱さんと、お付き合いさせていただいています」
その言葉。
はっきりとした、浅葱と付き合っていると、名乗ってくれた言葉。
浅葱の胸を一気に熱くした。顔も赤くなっただろう。どれほど赤くなってしまっているかもわからない。
「……まぁー……浅葱ったら、どうして黙っていたの」
お母さんは数秒黙っていたけれど、すぐに感嘆したような声を出した。
あ、言ったほうが良かったのかな。
浅葱は思ったけれど、だってわからなかったのだ。
こういうことを言うタイミング、というのが。
そして浅葱が心配したようにはならなかったどころか、むしろ真逆の結果になった。
「こんな素敵な彼氏さんがいたなんて。蘇芳くん……でいいのかしら? 何年生? あ、大学生かしら」
お母さんは壱樹先輩が気に入ったらしい。あれほどしっかりあいさつをしてくれた壱樹先輩なのだ。
もちろん、見た目だってカッコいい。どこに嫌う要素があるというのか。
「重色高校、三年生です。美術部部長をしていまして……」
そのままお母さんと壱樹先輩は話しはじめてしまった。
お母さん。
壱樹先輩。
今までまったく別の世界にいた、自分の身近なひとが話している。
浅葱は夢を見ているような、ヘンな気持ちを感じてしまった。
その感覚はふわふわとして、静かにどきどきとするような、妙に心地いいものだった。
「今日はこれから初詣に行くんです」
そろそろ話が終わるらしい。浅葱は悟って、そろそろと壱樹先輩を見た。
壱樹先輩は、浅葱を見下ろして、にこっと笑ってくれる。
「あら、いいわねぇ。浅葱、楽しんでいらっしゃいよ」
「……うん」
お母さんはにこやかに言ってくれたけれど、浅葱の返事はどこかはにかんでしまった。
浅葱の様子がおかしかったのか、お母さんと壱樹先輩が、くすっと笑うのが聞こえてしまう。
なぜかタイミングがぴったりだった。
「じゃ、じゃあ、行ってくるね」
むしょうに恥ずかしい。浅葱は言って、思い出したようにお母さんからカイロを受け取った。
「はい。いってらっしゃい」
「では浅葱さんをお借りします。遅くならないうちに帰りますから」
ちょっと、また子ども扱いみたいなこと。
思った浅葱だったがそんなことは言葉にできるはずがない。
それに、嬉しくもあるし、なんて、思ってしまって。
こんなしっかりとしたあいさつをしてもらったのだ。壱樹先輩にとっても予想外のできごとだっただろうに、だ。
そこは浅葱が壱樹先輩を尊敬する部分だった。
これは先輩としてきっちり、しっかりした人間であるところ、である。
自分もこういうひとになりたい、と思わされるような態度であった。
「あー、だいぶ緊張したな」
けれど壱樹先輩は、浅葱の家から離れて、角を曲がって、しばらくしたところでそう言ったのだった。
浅葱はちょっとおどろいた。
緊張した、のだという。
でもすぐに、それはそうだよね、と納得してしまった。
いきなり彼女の親に会うことになってしまったのだ。緊張しないはずがない。
そこで動揺する様子を見せるどころか、堂々とあいさつしてしまうのが壱樹先輩のすごいところなのだけど。
「ご、ごめんなさい。一人で出てくるつもりだったんですけど……」
「いや、いいさ」
謝った浅葱には、ひらひらと手が振られた。
「いい機会だったんじゃないか?」
言われた言葉には、また、ぽっと顔が熱くなってしまう。
初詣デートが終わって帰ってから。
お母さんにあれやこれやと聞かれてしまうのは、もう確定だったからである。
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