進路について
盛りだくさんで、楽しくて、新鮮で。そしてとても幸せだったクリスマスが終わった数日後。
無事に冬季賞の作品を提出することができた。学校のある最終日が提出日だったのだ。
今回は萌江もしっかり締め切りに間に合わせてきて、その出来は完璧だった。
元々、萌江の技術はなかなか高い。センスがいいのだろう。
だからそこに『計画性』とか『先の見通し』が加われば怖いものなしになるはず。
「ありがとう。浅葱がいろいろアドバイスしてくれたおかげだよ」と言ってくれた萌江。
浅葱はにこっと笑ったけど、「頑張ったのは萌江だよ」と言った。
実際、萌江が毎日遅くまで部活を頑張っていたのを知っている。蘇芳先輩にもちょくちょく「今の進行で大丈夫でしょうか」とアドバイスを求めていた。
そういう萌江の姿勢は蘇芳先輩も感心したらしい。
提出できたときには「頑張ったな」と満面の笑みで萌江をほめていた。
親友が努力を認められて、褒められているのだ。浅葱だって嬉しくなってしまう。
そして浅葱だって。
例の、赤をメインにした街並みの絵。納得いく出来になった。
ラフな感じで仕上げたために、ざっくりとした色塗りなのだが、それが味わい深くなったと思っていたし、蘇芳先輩や水野先生も褒めてくれた。
水野先生は「これは小説の挿し絵なんかに良さそうねぇ」と言ってくれたほどだ。
小説の挿絵。つまり、小説の世界を表せるほどの出来だと言ってもらえたわけだ。感激してしまった。そんなことが叶ったら、どんなに幸せだろう。
そう、絵を描いていて、これからどこへ行くかというのは浅葱にとって、ここしばらくなんとなく考えてしまうことだった。
どこへ行くか。
目先のことだったら、三年生になったら受験をして、大学は美大に行きたい。まだ先のことではあるけれど。
でもそのあとのことはまだ全然考えていなかった。
イラストは得意でないので、絵画、と呼ばれるもので勝負したい。
それならやはり画家だけど……それはずいぶんハードルが高いことだ。ほんの一握り、飛びぬけた才能のあるひとしかなれない職業。
浅葱も自分にはそれなりの技術と、そして少しばかりは生まれ持った才能もあるのだろうと思っていた。それは驕りではなく、ここまで頑張ってきたことからの自信だ。
けれど、画家になれるかと考えたら、今のところそういうたぐいの自信はないのだった。
だから水野先生の言葉でちょっと思った。
挿し絵を描く画家。美術館に飾ってもらえるような絵を描くような仕事より、少しはハードルが低そうだな、と思った。調べてみないことにはわからないけれど。
つまり、冬季賞の作品作りとその提出を経て、浅葱はほんのりと自分の進路について考えることにもなったのである。
進路といえば、もうひとつ。浅葱にとって重大なことがあった。
その日は例によって蘇芳先輩……いや、二人の帰り道だったのだから『壱樹先輩』だ。彼と連れ立って帰っていた。
十二月の学期末。最後の日だ。
すぐに年末がやってくる。年末は普通に家族と過ごすことになっていた。大掃除にかりだされるのがだいぶおっくうだけど。
でもすっきりした家で年始を迎えられるのは気持ちがいいから。掃除はあまり好きでないけれど、頑張ろうと思っていた。
「いやぁ、無事に終わったな。自分のものだけじゃなくて、部員みんな満足いく出来になって、本当に良かった」
壱樹先輩は、心から嬉しい、安心した、という表情で言った。
今日も浅葱の手をしっかり握ってくれながら。
浅葱は毎日手袋を持っていたのだけど、帰りはたいてい片方しか使わなかった。
壱樹先輩にもらった、初めてのプレゼント。赤い手袋だ。
あれはふわふわとやわらかく、手を優しく包んでくれるもので。冷える朝にはとてもありがたかった。
そして帰りもするのだけど、それは片方だけ。
……壱樹先輩と繋がないほうの手だけ、つけるのだ。
「お疲れ様でした、壱樹先輩」
壱樹先輩、をそう呼ぶのはまだ数日しか経っていないのでまだくすぐったい。けれどすぐに慣れていくのだろうな、とも思っていた。
そのために何回も呼びたいな、と思ってしまうのはちょっと恥ずかしいけれど。
「ああ……三年間か。長かったような、一瞬だったようなだよ」
壱樹先輩は、肩の荷が下りてほっとした気持ちと、次の世代にバトンタッチして寂しい気持ちが両方あるのだろう。それをそんな言葉で表現した。
浅葱も寂しい気持ちでいっぱいだった。来年への希望はたっぷりあるし、壱樹先輩だってまだあと三ヵ月は重色高校にいる。
けれど、その先のこと。
その先、つまり、壱樹先輩の進路であるが、ちらっと聞かせてもらっていた。
予定通り、美大を受けるのだと。受験勉強もしっかりしているようだし、美術部部長として忙しくしていたというのにさすがである。
「壱樹先輩は多真美(たまび)を受けるんですよね」
浅葱は前に聞いたことを尋ねてみた。
『多真美術大学』、略してたまび、だ。
ここから少し電車に乗るけれど、めちゃくちゃ遠いというわけじゃない。
壱樹先輩もそのままうなずいた。
「ああ。受かるといいけどな」
「絶対大丈夫ですよ」
受験勉強や、美大の受験に必要なことや、浅葱がまだ知らないことを話してくれて、興味深く聞いているうちに、ふと先輩が言った。
「俺も去年、先輩にいろいろ教えてもらったんだよ。受験についてさ」
先輩に教えてもらった、という言葉。浅葱は、ぎくっとした。
先輩、とはまさか。
浅葱がここまでずっと気にしてしまっていた、曽我先輩というひとではないだろうか?
そしてそれは残念ながら事実だったようなのだ。
「俺の前の部長さんがさ、女子先輩だったんだけど。絵がめちゃくちゃうまいひとで、当時の賞を総ナメするようなひとで」
初めて壱樹先輩の口から聞く。浅葱の心臓がどきどきとしてきた。
けれどこのどきどきは、あまり心地良くなかった。
本当は聞きたくないのかもしれない。
でも聞いておかなければいけないことだとも思う。ここまで気にしてしまってきたのは確かなのだから。
「そう、なんですね」
こんなあまりきれいでない気持ちはさとられたくないけど。よって浅葱は、なるべく普通に聞こえるように言った。
「先輩も今、美大で活躍してるはずだ。だから俺も大学生になったらよけいに頑張らないとなと思うんだ」
まぁ、まず受かることだけどな。なんて、壱樹先輩は、頭に手をやって笑った。
浅葱も笑った。
けれどそれは愛想笑いのようになってしまっただろう。
曽我先輩は、美大にいるのだ。
まさか壱樹先輩が受けるのと同じところだろうか。
いや、この口ぶりだとそうなのかもしれない。
胸がずきずきと痛む。
曽我先輩というひとと付き合ってなんかいないことは知っている。だって自分と付き合ってくれているのだから。
でも再会して、近くにいるようになったら?
まさか、なにか、嫌なことが。
思ってしまって、浅葱は自分が嫌になった。
そんな疑うようなこと。
考えたって意味がないし、壱樹先輩を信じていないようなことなのに。
だから頭から振り払おうとした。
「私もそろそろ受験について考えないとって思うんですよ」
言ったことは、話をそらすようなことだった。本筋からはそれていないけれど。
壱樹先輩はなにも疑問に思わなかったらしい。「そうだな、二年生になったらそろそろ考えたほうがいいだろう」と言って、そのあとは壱樹先輩が二年生の頃、勉強していたことなんかを話してくれた。それで浅葱の意識もそちらへ集中することができた。
でも、さっき考えてしまったことは、どうしても頭のすみには残ってしまったけれど。
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