ぎゅっと抱きしめて
最後には最上階でプリクラを撮った。
思えば蘇芳先輩とツーショット、など初めてだった。
友達とは何度も撮っているのに、そのせいでずいぶん緊張してしまった。操作のボタンも押し間違えてしまう始末だ。
蘇芳先輩は「俺は男友達と撮れるヤツしかやったことないから、この機種はわからないんだよ。任せる」と言っていたのに。
さっきのシューティングゲームで蘇芳先輩の教えてくれたのは完璧だったのに。
あたふたとしてしまう自分を浅葱はちょっと情けなく思ってしまった。
けれど、撮るの自体はとても楽しくて。
プリクラはあわただしい。背景などの設定を変えて、次々に写真が撮られる。
あわただしさには慣れているし、蘇芳先輩も『男友達と撮ったことがある』と言っていただけあって、それほど戸惑う様子もなかった。
撮影はスムーズに進んだのだけど。
最後のほう。
機械がしゃべった内容に、浅葱はどきっとしてしまった。
『最後は仲良しのポーズだよ~! ぎゅってハグしてみよ!』
ハグ!?
一瞬、息が止まったかもしれない。
いや、プリクラとしては定番だけど。
友達同士でなら良くやるけど。
でも今、一緒にいるのは蘇芳先輩なわけで。
かぁーっと頭の中が熱くなる。きっと顔が赤くなっただろう。
そんな浅葱の状況も気持ちもわかっているだろうに、蘇芳先輩は、しれっと浅葱の腕に触れてきた。
「ほら、早くしないと撮られちまうぞ」
そう言って。
ぐいっと腕を引かれて、あっと思ったときには蘇芳先輩の腕の中に捕まえられていた。
どくんっと心臓が跳ねる。これほど距離が近付いたことは初めてだった。
浅葱の頭の中が、くらくらと揺れた。
しっかりとした胸と腕の感触。伝わってくる体温。
おまけに香水だろうか、ほんのり良い香りもする。
すべてが浅葱を酔わせるようだった。
ポーズをつけることも、笑うこともできるはずがない。そのままぱしゃぱしゃと何枚も撮られてしまった。
『おしまーい! お疲れ様でしたっ! 次は落書きコーナーに行ってね!』
機械が終わりを告げて、蘇芳先輩に、そろっと離された。
急に寂しくなってしまう。あんなにびっくりして緊張したというのに。
「……嫌だったか?」
蘇芳先輩に聞かれて、浅葱は、はっとした。
自分がこんな反応だったから、嫌だったのかと誤解されてしまったのかもしれない。そんなことは。
「いっいえ! そんなはずは!」
慌てて言ったけれど、蘇芳先輩はちょっと不安げな顔をしている。
誤解されたくないのに。嫌なんてはずがないのに。
むしろ。
……嬉しかった、のに。
どきん、どきん、と心臓が高鳴る。ごくんと唾を飲んで、でも思い切って浅葱は口を開いた。
「その、……どきどきして、しま、って……」
こんなこと恥ずかしすぎる。でも誤解されるよりずっといい。
そしてそれは正解だったようなのだ。
蘇芳先輩は笑みを浮かべた。ほっとしたような笑みだった。
おまけに笑みはまた変わっていく。こういう笑顔はなんというのか。
「そっか。やっぱり六谷はかわいいな」
言われた言葉にまた頬が熱くなってしまったけれど、浅葱は思い知る。
こういう笑顔は、『愛しさ』だ。
いくつか落書きをして、加工も入れて、プリクラは綺麗に完成した。スマホにも転送して、大きな画面で見ることもできるようにした。
「この機種、きれいだなー。画質がいい」
蘇芳先輩がいかにも美術部らしいことを言うので、浅葱はちょっと笑ってしまった。
「女子向けの機種のほうがやっぱりいい機種なんだな。男は損だよ」
その言葉は浅葱をもっと、くすくすと笑わせてくるのだった。
「でもこれからは六谷と入れるもんな」
小さく笑っていた浅葱だったけれど、その笑いは蘇芳先輩によって、止められた。
そうだ。
プリクラコーナーは、男子入場OKエリア以外、女子専用なのだ。
例外は『女子の同伴がいる男性』。カップルや家族などに限られているのだ。
つまりそれは、蘇芳先輩は浅葱にとって特別な『カップルの男性』であるわけで。
もうよく知っていたことなのに、こうやって形にされると、なんだかくすぐったくなってしまって、浅葱はもじもじとしてしまった。
「また撮ってくれよな」
そんな約束をした、プリクラ。
プリクラの中でも最後に撮ったもの。
蘇芳先輩にハグされているものだ。
写真の中の浅葱は、顔を真っ赤にして固まって写っていた。
ずいぶん情けなく恥ずかしい姿である。
けれど、そんな浅葱をうしろからハグする蘇芳先輩は笑っていたのだ。
それも幸せそうに、だ。
だからいい、のだと思う。
一緒のプリクラ、つまり写真に写ることだって、そしてハグだって、これから少しずつ慣れていけばいいのではないだろうか。
浅葱はプリクラの中の自分にちょっと苦笑しながらも、決意した。
もっともっと、距離が近付いていけますように。
いつかは蘇芳先輩の腕の中で、自分も幸せそうに笑えたらいい、と。確かに思った。
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