特別な服でデート

 混んでいたのであまり長居はできない。次のひとに場所をゆずらなければだ。

 よって、早々に席を立ってお店を出た。

 浅葱の体はぽかぽかとしていた。ホットドリンクで体があたたまっただけではない。

 さっきの、蘇芳先輩にもらった『ひとくち』だ。

 タピオカを吸うストロー。あれに触れてしまったことを考えると、まだ顔が赤くなってしまいそうだ。

 当たり前のように、男の子とこんなことをするのは初めてだったのだ。

 情けない、と思う。

 実際にキスをしたわけでもあるまいに。

 思ってしまって、浅葱の頭の中は、ぼっと燃えた。

 キス。

 ……キス。

 考えたことがないはずはない。

 だってデートなのだ。もう付き合っているのだ。起こる可能性はあるだろう。

 いや、起こるほうが当然……なのかもしれない。なにしろ恋人同士なのだから。

 そして今日はクリスマス。そういうこと、にうってつけの日過ぎるだろう。

 だから、なんとなく予想というか期待はしてしまっていた。

 だが、だからといって心の準備なんてできるものではなくて。

 万一そんなことが起こってしまえば、平気でできるなんてちっとも思えなかった。

 絶対に赤くなってしまうし、緊張してしまうし……。

 でも。

 それ以上に、幸せなのだろうと、思う。

 だから嫌、どころか、したい、と思う。経験がないゆえに、そう思ってしまうのが恥ずかしすぎるだけで。

 そこでふと思った。


 蘇芳先輩はキス、とか、したことあるのかな。


 数秒考えて、また、ぼっと頭の中が熱くなってしまった。

 自分が蘇芳先輩とキスをするところがリアルに思い浮かんでしまったからだ。

 いや、そうじゃなくて。

 モテモテの蘇芳先輩だ。自分が知っているところでは彼女がいたという話はないけれど、でも、去年やそれ以上前のことは知らない。だからそのときに彼女がいたという可能性はあるだろう。

 思ってしまって、ちくっと胸が痛んだ。

 もうひとつ思い出してしまったことがあったので。

 久しぶりに思い出した。

 蘇芳先輩の『尊敬するひと』。つまり、曽我先輩というひと。

 あのひとともし、付き合っていたことがあるのなら。

 今、蘇芳先輩がほかの誰かと付き合っている、つまり浅葱と二股をかけているなんてことは、夢にも思っていない。そんなひとであるはずがない。

 でも過去のことはわからないから。

 曽我先輩、というひとのことが不透明であるだけ、浅葱の不安はぼんやりとした程度ではあるのだったが、かといって消えてもくれないのだった。

「六谷、どうした?」

 歩いていたというのにぼんやりしてしまっていたらしい。浅葱は、はっとした。

 いけない、せっかくのデートなのに余計なことなんか考えて。

 浅葱は慌ててその良くない思考を振り払う。

「い、いえ! ミルクティーおいしかったなって、かみしめてしまって」

 言った言葉はちょっとの嘘が混じっていたので、心がちくりとした。でも半分くらいは事実だ。

 蘇芳先輩は、ほっとしたような顔をした。

「そうだな。また来ようか。ほかの味も飲んでみたいし」

「はい!」

 楽しまないと。

 余計なことは考えないで。

 すてきな時間なんだから。

 浅葱は自分に言い聞かせた。

「それにしても、六谷の今日の服、かわいいな」

 いろんなお店を覗いて街中を歩くうちに、蘇芳先輩が言ったこと。

 今度は嬉しさから顔が熱くなった。

「あ、ありがとうございます!」

 素直にお礼を言うことができた。

 ここで「そんなことないです」と言ってしまうのはけんそんしすぎることだし、自分の努力も否定することだから。

 今日の服。ワインレッドのコート。

 ダブルボタンで、短めの裾に控えめにレースがついていて。厚手のウールでとってもあたたかい。

 女子高生や女子大生に人気のあるあこがれのブランドのもので、ゆえに大人っぽいデザインで、もちろんお値段も普段、私服を買っているような安いブランドよりずっと高かった。

 けれどせっかくのデートなのだ。ちゃんとした格好をしたかった。

 ドレスアップ、なんてものではなくても、しっかりオシャレをして。蘇芳先輩の隣に並んでも恥ずかしくないように。

 この特別なお買い物は、秋のバイト代を使った。綾のお店のお手伝いをしたバイトのときのお給料は、手をつけずに、まるまる取っておいたのだ。

 なにか、特別なものを買ったりするときに使おうと思って。それが幸いした。今こそ使うべきときだ、と思って、浅葱はお給料袋を握りしめて、お店へ行ったのだった。

 それでこのコートとスカートを買った。

 コートを短い丈にしたのは、スカートが見えるように、だ。

ロングコートはかわいいけれど、下の服がまったく見えなくなってしまう。

 だから少しだけ下の服、ミニスカートが見えるようなものを選んだ。

 ちなみにスカートはグレーとピンクのチェックのフレアスカートだった。これも厚手の素材で冬らしくて、そして女の子らしい。

 蘇芳先輩はそのコートもスカートもほめてくれて、「オシャレしてきてくれてありがとな」と言ってくれた。

 自分のことを見てくれた。ほめてくれた。

 両方がとても嬉しくて。

 浅葱はもう一度、ありがとうございますと言ったのだけど、そのあと、自分からも言った。

「蘇芳先輩も、とても、すてきです」

 そう、今日の蘇芳先輩はカジュアルながらもかっちりとした、大学生といっても通ってしまうほど大人っぽい格好をしていた。

 ダークグレーのPコート。コーデュロイ素材であたたかそうな、季節感が溢れたズボン。シンプルながらブレスレットなどもついていた。コートの中はわからないけれど、きっと中もすてきなのだろうと浅葱は思った。

 髪型だって、普段とは違うハード目のワックスをつけているようで、髪は持ち上げられていた。

 普段よりきりっとした印象で、また蘇芳先輩の新しい面を見られた気がする。

 それも、これは学校の誰もが見られるものではないのだ。

 ……いや、違う。

 浅葱のために、つまり彼女のために、この特別な格好をしてきてくれたのだ。デート、だから。

 本当に、今日は特別な日なのだ。

 学校の中とは少し違う、二人の関係。

 格好からもそれを感じられることが嬉しくてならない。

 浅葱の心は踊ったけれど、それと同時になぜか、ふっとゆるんだ。

 蘇芳先輩と一緒にいられるのは自分なのだ。

 そう思うのはごうまんでもなんでもない。

 自信、だ。

「お、ゲーセンだ。ゲームとか好きか?」

 通りかかったのはゲームセンター。デートの定番だ。

 蘇芳先輩に聞かれて、浅葱はうなずいた。

「はい! クレーンゲームとかもしますし、音ゲーも少し」

「おっ、なんか意外だな。俺もたまにやるんだよ。どれプレイしてるんだ?」

 中へ入りながら蘇芳先輩は聞いてくれた。

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