リーダー誕生
「浅葱、すごいじゃん!」
部活が解散となるなり、萌江が興奮した様子でやってきた。萌江だけでなく、一年生が浅葱のもとに集まってくる。
蘇芳先輩の話のあとに森屋先輩と水野先生からのあいさつや言葉がそれぞれあった。
「立派な副部長だったかはわからないけれど、みんな、支えてくれてありがとう」と言った森屋先輩。
「金澤くんを中心に、来年度も力を合わせて頑張っていきましょうね」と言った水野先生。来年度も水野先生が顧問をしてくれるようだ。慣れている水野先生が顧問ならば、二年生リーダーとしても安心して活動できる気が、浅葱にはした。
「私にできるかわからないけど……でも精一杯やってみるね」
まだ興奮がさめなかったのでさっきのあいさつと同じことを言ってしまった。
けれどそんな浅葱を一年生のみんなは祝福してくれた。
「浅葱さんならきっといいリーダーになれるよ!」
「ああ。六谷さん、すげぇ部活頑張ってたもんな」
口々にそんなことを言ってくれる。「ありがとう」と返事をする浅葱の胸は、違う意味でじんわりあたたかくなっていった。
「私たちもしっかり手伝うからさ! ねっ、みんな!」
萌江が自信ありげに胸を叩いて言ってくれた。
あれから萌江が苦手な『計画的に作業を進めること』を実行できるように努力しているところを、浅葱はずっと見てきた。だからそういう萌江に負けないくらいに、自分も上へ上へと進んでいけるように頑張らないと。萌江の様子は浅葱をよりふるいたたせるのだった。
「じゃ、今日の部活はこれで終わりだ。明日からみんな、作業を頑張ろうな。締め切りまであと二週間だ」
蘇芳先輩の言葉で、今度は違う意味で場の空気が引き締まった。はい、はい、とみんないい返事をする。
それで今日の部活はおしまいとなった。役職が発表されても特に今日、やることはないということで、そのまま解散となる。
後日、役職を命じられた生徒だけが集められて話をするのだと聞かされたからだ。
一年生の中では自分だけが参加するので浅葱はそれを聞かされて緊張してしまったけれど、やっぱりこれも光栄すぎること。
「お疲れ様です!」
浅葱は足取り軽く美術室を出た。一人で、だ。
待ち合わせがある。その場所へ向かうのだ。
今日一緒に帰るひととの待ち合わせ。
きっと楽しくて誇らしい気持ちになれるような話ができるのだろうと思うと、また胸が熱くなってしまうのだった。
「待たせたな。すまん」
待ち合わせ場所で待つこと十分ほど。やってきたのは蘇芳先輩。
待ち合わせていたのは校舎一階の昇降口のところだ。
外で待ち合わせてもいいのだけど、もうずいぶん寒いから。蘇芳先輩が気づかってくれたのだ。
その気づかいはもうひとつ。
同じ部活なのに、わざわざ美術室から離れて待ち合わせをする理由。
部活から「さぁ帰ろう」と連れ立って帰るのはあからさまだからだ。
見せつけるようにならないとも限らない。
それはいらないやっかみを買ってしまう可能性だってあるだろう。
部員はもうみんな、蘇芳先輩と浅葱の交際を知っているとはいえ、実際に目にして感じる気持ちは別だから。
そういうところまで気づかってくれる蘇芳先輩はやっぱり、浅葱にとって尊敬できるひとなのであった。
「いえ、お疲れ様でした」
浅葱は自然に微笑んでいた。
まだ緊張はしてしまう。付き合って半月も経っていないのだ。当たり前だろう。
けれどだいぶ慣れてきた。
今度は蘇芳先輩の彼女としても、立派な存在になりたい。そう思うから。
「じゃあ帰るか」
昇降口で靴に履き替えて外へ出る。ぴゅぅっと冷たい風が身を包んで、浅葱は思わず首をすくめた。
コートを着てマフラーをしているから直接風は当たらないのに、寒さはどうしようもない。
「今日は冷えるなぁ。風邪なんか引くなよ」
校門を出てしばらくしてから、蘇芳先輩の手が伸ばされた。浅葱の手をそっと握ってくれる。
これだって同じなのだ。なるべく人目につかないようにしてくれる。
ずっと尊敬してきて、大好きで、片想いをしてきて、おまけに……これはちょっと性格の悪い思考だけど、格好よくてモテモテの蘇芳先輩が彼氏なのだ。みんなに祝福してほしい気持ちはある。
けれどそんなことは傲慢すぎるし、そんなアピールするような子は蘇芳先輩だってがっかりしてしまうだろう。
だから、謙虚に、謙虚に。と、浅葱は自分に言い聞かせていた。
彼女としてだって、蘇芳先輩に恥じないような存在でありたいから。
「はい。風邪を引いてるヒマなんてないですもんね」
「ああ。冬季賞の作品作りの時間をなくすなんてもったいなさすぎるからな」
握られた手は、ほかほかとしていた。先輩の優しい心を表すように。
この手のあたたかさにもだいぶ慣れた。まだどきどきとしてしまうけれど、それは心地いいどきどきだ。
「あの、蘇芳先輩」
浅葱はそっと、蘇芳先輩を見上げた。蘇芳先輩は、今は恋人としての目で「ん?」と返事をしてくれた。
「私を任命してくれて、ありがとうございました。精一杯やります」
改めて決意を伝える。蘇芳先輩はあのときと同じ。部長の目になって、ふっと笑った。
「ああ。六谷なら安心して任せられる」
浅葱のほうも、あのときと同じ。新・二年生リーダーとしての責任感を抱いた気持ちで「ありがとうございます」と返事をする。
「しかし言っておくが、俺はひいきしたんじゃないぞ」
蘇芳先輩は、ふと違うことを言った。浅葱はきょとんとしてしまう。
ひいき?
「六谷がこれまでがんばってきたのをずっと見てきた。その努力する様子は、みんなの上に立っても発揮されると思ったんだ」
続けられた言葉で、浅葱はやっと理解した。それはとんでもない誤解だった。
あわわ、と胸の中で慌ててしまう。
「そんな! 先輩はそんな気持ちで次のリーダーを決めるなんて、するはずないじゃないですか!」
浅葱が蘇芳先輩の彼女だから『ひいき』したのではないか。そう誤解されてしまったのかもしれない。
浅葱はあせった。そのようなよこしまなこと。
「おっと、そうか……。余計なことだったな。悪い」
蘇芳先輩はちょっと苦笑いのような笑みを浮かべた。
こういうところは謙虚なのだ。実際に浅葱の言った通りの気持ちで決めてくれたのに。
わざわざこうやって浅葱に知らせてくれるのだ。浅葱の実力で決めてくれたのだ、と。
「来年のことを頼んだぞ。さっきも言ったが、六谷なら絶対にできるから」
浅葱は今度、しっかりと頷いた。
「先輩の期待を裏切らないように頑張ります」
そんなやりとりで、蘇芳先輩と微笑みあう。今のものは恋人としてではなく、現部長と、次期二年生リーダーのものだった。
「私、ずっと先輩みたいになりたいって思ってたんです」
浅葱の言葉は、気持ちは、するっと出てきた。
こんなことちょっと恥ずかしい。
けれどしっかり伝えておきたい。
「俺みたいに?」
よくわからない、という声を出した蘇芳先輩。やっぱり謙虚だ。あれだけの実力があるのに。
浅葱は改めて、驕らないところも見習いたい、と噛みしめてしまった。
「部長として、先輩として。しっかりみんなを導いてくれる存在。私もなりたいんです」
蘇芳先輩を見上げて、しっかり目を見て言った。ずっと心にあった気持ちを。
蘇芳先輩はおどろいたような顔をした。そんなことを言われるとは思わなかった、という顔になる。
けれどその顔はすぐに、ふっとゆるんだ。優しい目元が笑みになる。
「俺のことを見てくれてたんだな。俺が六谷を見ていたのと同じか」
言われてちょっと恥ずかしくなった。でもそのとおりだ。蘇芳先輩が浅葱を見てくれて、評価してくれたのと同じだけ。
浅葱だって、蘇芳先輩を見てきた。
「俺も同じさ。後輩としてだって、六谷はとても優秀だ。一年見てきて強くそう思う」
かぁっと胸が熱くなる。嬉しすぎる言葉だ。
「俺も尊敬するよ。六谷のことを。六谷に恥じないような姿でいたいから」
おまけにそうまで言ってくれる。
尊敬する。
その感情に年令や学年は関係ないのだと思う。
頑張る姿。努力する姿。
それは何才だって変わらないものだし、その姿は優劣なんてない。
だから。
「絶対になってみせます。蘇芳先輩みたいな立派な『先輩』に」
来年度。
蘇芳先輩がもうこの部活や学校にいないのは寂しいけれど、それだけ自分も前に進めるのだ。
蘇芳先輩が認めてくれた、自分の努力や実力。もっと磨いていきたい。
その日の帰り道はどちらかというと、恋人同士というより現部長と次期二年生リーダーの関係だったのかもしれない。
けれどしっかり繋いだ手は恋人同士のもので。
彼女としても、後輩としても認められたことが、浅葱は嬉しくて誇らしくて仕方なくて。
きゅっと蘇芳先輩のあたたかくて大きな手を握り返していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます