冬季賞へ向けて

 十二月も半ばに入ろうとしている。冬季賞の作品作りも佳境に入っていた。

 冬季賞は、秋季賞より小規模なのだ。それはなぜかというと、春、三月にあるコンテストのほうが大規模だからである。そちらに力を入れるために、冬季賞はコンパクトになっているらしい。

 そういうものなので、締め切りまでの期間も短かった。

 必然的に、秋季賞よりも短時間で形になるようなものを意識しなければいけない。

 浅葱の選んだ題材、ヨーロッパの街並みの絵も、デッサン風に仕上げることにしていた。

 街の絵なんて、書き込みがいくらあっても足りないくらいだ。

 なのでそれを逆手に取って、ラフな感じを前面に出すことにしたのだ。

 蘇芳先輩も「良さそうだな」と言ってくれた。

「ラフ感を出すなら、余計に下絵が重要になるな。デッサンの狂いが命取りになるから」

 そう言って、何度も見てくれた。描いてみては見せて、指摘されたところを直して。その繰り返し。

 少し前にそれもOKが出て、塗りに入ったところだ。

 塗りはあっさりめにする。手を抜くという意味ではなく、軽いタッチに仕上げるということだ。

 もちろん蘇芳先輩とは、部活のことだけではない。恋人同士としても順調に過ごしていた。

 部活の日はほとんど一緒に帰るようになったし、たまに一年生のクラスにも来てくれる。

 「六谷、いるか?」などと来てくれるので、浅葱との交際は、すぐにおおやけになってしまった。

 けれど浅葱が蘇芳先輩に憧れている女子たちに嫉妬され、意地悪をされ……ということは、幸い起こらなかった。

 多分、蘇芳先輩がなにかしら言ってくれたのだと思う。

 なにも言ってこなかったのは、浅葱がそういうことを気にしないように、だろう。

 でもここまでなにも起こらなければ、先輩がしっかり手を回してくれたことがわからないはずがない。

 そういう気づかいも、二重の意味で嬉しくて。

 交際は順調だった。



 十二月はそのままあっというまに過ぎてしまう気がした。

 部活では絵に集中して、プライベートの時間は蘇芳先輩と、恋人同士として過ごせて。

 けれどそんなはずがあるわけがない。あっというまに過ぎては困るのだ。

 冬季賞の絵だって納得できる出来になるまで作りこみたいし、それにもうひとつ。

 ……蘇芳先輩との、お付き合い。

 気になることがあった。

 それは当たり前のようにクリスマス。あと二週間ほど。

 きっとデートをしてくれるのだろう。優しい彼氏、……今や『彼氏』なのである。実感したりするのはまだ恥ずかしいけれど、とても胸が熱くなることだった。

 それはともかく、優しい彼氏。そんな蘇芳先輩がクリスマスになにもないなんてことはありえないだろう。浅葱はそんなふうに思っていた。

 でもクリスマスは冬季賞の締め切り直前なのだ。デートなどはできるかどうか。

 別にデートがあとになってもかまわない。冬季賞だって大事なことだし、自分だって直前の仕上げをしたい気持ちは溢れんばかりにある。どちらが余計に大事ということはない。

 だからどちらでも良かったのだけど……。

 それより前に、ある『大事なこと』が起こったのだった。

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