二人の帰り道
帰り道は長く続いていた。今日、蘇芳先輩は浅葱の家のある駅まで一緒に電車に乗って、送ってくれたのだ。
「悪いです」「遠回りになりますよ」とえんりょした浅葱だったが、内心はとても嬉しかったし、それに。
「送らせてくれよ。もう彼女なんだから」
ちょっと照れた様子でも言ってくれた蘇芳先輩。それに浅葱の頬も熱くなってしまう。
それで、お言葉に甘えて、一緒に電車に乗って送ってもらったのだ。
電車に乗っている間も、駅に着いて、階段を降りるときも、さっきの言葉が頭の中をぐるぐるとしていた。
『彼女』
本当に、付き合っちゃったんだ。
彼女になれちゃったんだ。
とてもくすぐったい感触だったけれど、幸せだと思った。
ことによっては、生まれてから一番幸せかもしれない、と思った。
初めて恋人ができたことも、それがずっと片想いをしていた蘇芳先輩であることも。
こんなに幸せでいいのかな。そんなことすら思ってしまう。
浅葱の家は、駅前を出て、十分ほど歩いたところにある。蘇芳先輩が家を知っているわけもないので、「こっちです」と浅葱はいつも歩いている道を指差した。
「いいんですか、ちょっと歩きますけど……」
やっぱりえんりょしてしまって言ったのだけど、蘇芳先輩はやっぱり首を振ったのだった。
「ダメだよ。結構おそくなっちまったから送らせてくれ」
確かに時間はともかく、もう十二月なのだ。日が沈むのはずいぶん早くて、もうほとんどまっくらだった。
駅前を抜けて、通りに出た。広い通りなので、まっくらで怖いということはない。ひともちらほら歩いているし、街灯が明るいのだ。
そんなところへさしかかったとき。
ふいに、手を差し出された。
浅葱はまた、どきっとしてしまう。
意味なんてわからないはずがない。
手を繋ごう、という意味に決まっている。
さっきまでしっかり手を触れ合わせていたのに、繋ぐのはまた別で恥ずかしくなってしまったのだけど、蘇芳先輩がちょっと手を上下に振った。
「手袋。まだタグを切ってないだろう」
「え、……はい。そうですね」
それは確かにそうだったので、浅葱はそのまま肯定してしまった。
その様子がおかしかったのか、蘇芳先輩はちょっと笑った。
「それに。六谷の手をあっためられる気持ちになればいい、って言ったけど。こうして一緒に歩けるなら、その役は俺がいいな」
かぁっと熱くなったのは、顔と、胸の中。
嬉しくてたまらないと、心がさわぐ。
恥ずかしい気持ちに顔は熱くなったけれど、確かに嬉しくて。
浅葱はどきどきとしながら、そっと手を伸ばして、蘇芳先輩の指先に触れた。
ほわっとあったかい体温が伝わってくる。
浅葱が触れたのはほんの少しだったのに、先輩はすぐに浅葱の手を捕まえてしまう。そして、きゅっと握ってきた。
手を重ねていたときよりも、手の全体があたたかくなった。もう、熱いほどだった。
手から緊張と、でもそれよりもっとたくさんの嬉しさが伝わってくる。
しばらく歩く間、二人とも無言だった。
けれど居心地は悪くなかった。
毎日、歩いて行き帰りしている道。今は特別なものだった。
「あったかい、です」
浅葱の口から自然にその言葉は出ていた。それに答えるように、蘇芳先輩の手が、きゅっと浅葱の手を握る手に力を込めた。
「六谷の手。冷たかったのに、ちょっとずつあったかくなってる気がする」
けれど言われたことにはまた恥ずかしくなってしまった。
先輩の手があたためてくれているのもあるけれど、緊張で胸を熱くしてしまっているせいもきっとあるから。そして蘇芳先輩も、それをわかってしまっているのかもしれないから。
顔を赤くしたのを見たらしい。先輩は笑みを浮かべた。
とても優しい笑み。今は『恋人』としてのものだった。
「こうしてずっと、あっためててやりたいな」
帰り道は幸せだった。十分くらいの道がどこまでも続いていればいいのに、とすら思う。
現実にはあっというま、と感じてしまうほど早く、家に着いてしまったけれど。
さすがに、恋人になったひとと手を繋いでいるのをお母さんなどの家のひとに見られるのはまだちょっと気まずいな、と思っていたのだけど、浅葱が「そこなんです」と、繋いでもらっていたのとは逆の手で指差したときに、そっと手は離されてしまった。
ほっとするやら寂しいやら。あったかかった手が、すぅっと寒くなってしまう気がした。
でも蘇芳先輩の次の言葉に、そんな気持ちはすぐに消えた。
「遅くまで悪かったな。じゃ、また明日、学校で」
遅くまで悪かった、なんて。こうして送ってくれるほど優しいのに。
浅葱は小さく首を振った。
「いえ、送ってもらえて、嬉しかったです。ありがとうございます」
「当たり前だろ。毎日は無理かもだけど、できるだけ一緒に帰れたら嬉しいな」
浅葱の胸を熱く喜ばせるような、約束。
今日のとても素敵なできごとの一番最後はそれだった。
そう。幸せなのは今日だけではない。
続いていくのだ。これからずっと。
むしろここからがスタート。幸せな日々がはじまるのだろう。
それは今までの片想いの日々とは違っていて、でももっともっと幸せなものになるだろう。
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