イルミネーションの告白
「ああ、六谷。ありがとう。いきなり呼んで悪いな」
息せききってたどり着いた、駅の向こう側の、歩道橋の広場。そこに小走りで行けば、蘇芳先輩が確かにそこにいた。
あのときと同じように手すりに手をかけて、前にライトアップを見ていたほうを見ていたけれど、浅葱の近付く足音か気配か。それで気付いてくれたようで振り返った。にこっと笑ってくれる。
浅葱の心臓が、どきんと跳ねた。優しいこの目。こんな、二人きりの場所で見るのはどのくらい久しぶりだろうか。
きっと今日、なにかがあるのだ。そうでなければあんな意味ありげなメモがあるものか。
どきどきしながら浅葱は蘇芳先輩に近付いた。
「すみません、お待たせしちゃいましたか?」
「いいや、急に呼んだのは俺だから。メモ、気付いてくれてありがとな」
そう言ってから、蘇芳先輩はちょっといたずらっぽい目になった。
「名前。書かなかったけどわかってくれたんだな」
浅葱はそれで、はっとした。そういえばそうだった。あのメモには名前が書いていなかった。
けれど浅葱はその字と内容だけで、蘇芳先輩だとわかってしまった。
急に恥ずかしくなってしまう。
でも、嬉しかった。
あのとき。浅葱が蘇芳先輩にチョコの差し入れをしたとき。あのときとまったく同じことになったから。
心の中で、つばを飲んだ。言うのはもっと恥ずかしかった。
それでも思い切って、言葉にする。
「蘇芳先輩だと、すぐ、……わかりました」
浅葱の返事に、蘇芳先輩はまたほほえんでくれた。その目はさっき見たときより、もっと優しく感じられた。
「そりゃ嬉しい」
それから、ライトアップを見たときと同じように二人で並んだ。
話すのはなんでもないことだった。
作品はどのくらい進んでいるかとか、そういう、部活のことがメイン。
浅葱はこの、普通の会話に内心、首をかしげた。部活の話をするためだったのだろうか。そういうわけではないと思うけれど。
ちなみに今日はまだ、夕方とはいえ明るかった。
冬季賞の締め切りまでは余裕があるので、部活のあとといっても居残りをしたわけではないので、時間もそれほど遅くない。
だからまだ街中にはなにも灯っていなかった。あのときと同じライトアップもついていない。ただ、葉っぱのない街路樹など、ちょっと寂しい光景が広がっている。道行くひとたちもなんだか寒そうだ。
「ずいぶん冷えるようになったなぁ」
蘇芳先輩が言った。それも何気ない会話だったので、浅葱はただうなずいた。
「もう十二月になりましたもんね」
「そうだな。月日の流れるのは早いもんだ」
ちょっと遠いところを見るような目になる。その横顔を、浅葱はそっとうかがった。
穏やかな目をしている、蘇芳先輩。こんなに近くで見られるのは嬉しいけれど、やっぱりどきどきしてしまう。
なのに、どこかおだやかなのだ。今の蘇芳先輩の横顔のように。
前にここで青いライトアップを見たときとはちょっと変わった、と浅葱は感じた。
それは蘇芳先輩との関係が、多少なりとも変わった……いや、進んだ、ということかもしれない。
そう思うと心の中がくすぐったく、ほのあたたかくなるのだった。
「そろそろかな」
ふと、蘇芳先輩が呟いた。その言葉に反応したように、カーン、カーン、と鐘が鳴った。
ちょっとおどろいたけれど、ただの時刻を告げる鐘だ。今日は五回。五時だ。
あのときは六時だったな、と思ったそのとき。
「わ……っ!?」
目の前が急に明るくなった。
ぱぁっと、赤と緑がまぶしく輝く。
一瞬、なにが起こったのかわからなかった。すぐに理解したけれど。
ライトアップだ。それがいっせいについたのだ。五時はもしかしたら、ライトアップがつく時間だったのかもしれない。
「わぁ……」
声を出してしまったが、浅葱の今度のそれは感嘆の声だった。ほぅ、と息がこぼれる。
目の前のライトアップ……いや、イルミネーション。
前回の青色とは違っていた。赤と緑で、クリスマスカラー。つまり、クリスマスのイルミネーションなのだ。これは。
とても美しかった。きらきら輝いて、さっきまでの寒々しい様子は一変した。
「今日からなんだ」
横で蘇芳先輩が言って、浅葱はそちらを見た。視線が合う。
どくん、と心臓が跳ねた。
今日から。
それはつまり。
理解したとたん、どきどきと心臓の鼓動が速くなる。その鼓動の早さは体と顔を熱くした。
つまり、浅葱にこのクリスマスのイルミネーションになったライトアップを見せようと思って。今日、呼んでくれたのだ。
浅葱が、自分の言ったことの意味を理解したとわかってくれたのだろう。ふっと、蘇芳先輩の目元がゆるむ。
「一緒に見たかった」
その声はあまりに優しくて。浅葱だけに向けられていて。
顔が熱くなる。嬉しさに、感動に、そしてくすぐったさに。
やっぱりこれも言うのは恥ずかしいと思った。
でも同じだ。言うべきときだ。浅葱は思い切って、さっきより勇気は必要だったけれど言った。
「嬉しい、です」
蘇芳先輩の目元が細くなり、笑みの形になる。
そして、手すりに乗っていた浅葱の手。そこにあたたかいものが触れた。
今度はわからないなんてこともなかった。とまどうこともなかった。
なんとなく、想像してしまっていたのだ。
あのときと同じ、きらきらとした光を一緒に見ている。
それなら、あのときと同じになるだろうと。
蘇芳先輩の手はあたたかかった。体温が高いのだろうか。寒い中、そこだけあたたかい。
いや、浅葱の心の中が熱いせいか、触れられたところがあたたかいを通り越して、熱くなってしまったように感じた。
「六谷」
蘇芳先輩の手に、ちょっとだけ力がこもった。きゅっと、浅葱の手の上から包んでくる。
どきりとした。待ち望んだ、それにふさわしいとき。それが今なのだ。
「六谷とこういう、きらきらした美しいものを一緒にこれからも見たい」
蘇芳先輩の声。優しかったけれど、どこか固いのが伝わってきた。
それはなぜか、浅葱の心をかえって落ちつかせてしまった。
ああ、先輩も緊張しているんだ。
平気でいられないほど、真剣に伝えようとしてくれているんだ。
それがひしひしと伝わってきた。
「隣にいるひとになってほしい。俺と付き合ってくれないか」
はっきりとした、告白の言葉だった。
落ちついたはずの心は、簡単に跳ね上がって、どきどきと速い鼓動を刻んだ。体全体を支配してくるように、かぁっと熱が全身に回る。
きっと頬も赤くなったと思う。
でも、しっかり合った視線はそらさなかった。
どきどきして、苦しくて、すごく恥ずかしいけれど。
ごくんとつばを飲んだ。今度は心の中ではなくなってしまった。緊張しすぎてそんなことできなかったのだ。
のどの奥に。そして心の一番奥、大切なところに入れていた、自分の想い。今、伝える。
「私でよければ、喜んで」
声は震えてしまったけれど、意外としっかり出すことができた。それにほっとしたのは浅葱だけではなかったようだ。
蘇芳先輩のまとう空気が、ふっとゆるんだ。
にこっと笑う。今までは目元だけで笑っていたのに、顔全体が笑顔になったのだ。
「ありがとう」
触れ合った手。今度はただ、一方的なものではなかった。
守るように、先輩の手がしっかり包んでくれている。
あたたかい。そしてそれ以上に熱い。
ひとの手をこんなに熱く、しかし心地良く感じたのは、浅葱は初めてだった。
気持ちはあっさり通じ合ってしまった。
しかしそれは、ちっともあっさり、ではないのだ。
浅葱が蘇芳先輩に初めて『出会った』とき。蘇芳先輩の絵を通して出会ったとき。
そこから生まれた気持ちはどんどん膨らんで、重色高校に入学して、実際に蘇芳先輩に出会ったとき。そこからどんどん育っていった。
そして蘇芳先輩からも。
一緒に過ごして、話をして、ときには特別な時間を過ごすことで、二人で育てていったものだ。
それを『あっさり』と感じてしまったのはきっと、その気持ちの育み方が間違っていなかったという証拠なのだろう。
目の前のきらきらとしたイルミネーション。
あのとき見た、青いライトアップもきれいだった。
けれど一緒に見ている蘇芳先輩の気持ちをしっかり受け取って、自分の気持ちも渡したことで、ずっと、ずっと優しくきらきらと輝いているように見えたのだった。
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