告白までもう少し
「ええ! それ絶対、告白じゃん!」
翌日。いてもたってもいられず、昼休みに綾を捕まえた。「ちょっと聞いてほしいことがあるんだけど……」と空き教室へ連れ出して、昨日の帰り道にあったことを話したのだ。
昼休みという時間のないときだったので少しはしょったけれど、とにかく、要点は話した。
浅葱のその話を聞いて、綾は目を輝かせて、自分のことのように嬉しそうにしてくれたのだった。
「そう……いう、可能性は、ある、かな」
まだ信じられないような気持ち、嫌な理由ではなく、こんなことは幸せすぎてにわかには信じられない、という気持ちだが。
そういう気持ちでにごってしまった浅葱の言葉を、綾は切り捨ててくる。
「それ以外になにがあるの!」
「うう、そう、だよね……」
顔が熱くなってしまう。これは恥ずかしさと嬉しさから、だけど、蘇芳先輩を前にしているときとは少し違う、と浅葱は感じる。
親友の綾がはっきり肯定してくれた。
その嬉しさと、自信を生ませてくれるようなことからだ。
「お断りするつもりなんかないんでしょ?」
「そ、そんなわけ! ……は……うん……ない、けど」
断るなんてとんでもない。二つ返事、というのは期待していたようで恥ずかしいけれど。でも事実だし、とも思う。
でも綾はそれも肯定してくれた。
「告白した相手の子が『実は自分も……』って言ってくれたら、すごく嬉しいんじゃないかなぁ」
その言葉は優しく、そしておそらく的確で。
浅葱の中に自信が生まれた。
こういう言葉が欲しかったのだ、と思う。
信頼できるひとに。つまり、一番身近な親友に。
「そう、だよね」
浅葱の顔に笑みが浮かんだ。この相談を話し出してから、初めてだ。
そりゃ、ちょっとは嬉しそうな顔はしていたと思う。なにしろ昨日のあの嬉しすぎた出来事の話をしたのだから。
でもそれとは意味がまったく違う。
自信を持てたから出せる笑顔、だ。
「それなら早いほうがいいよ。蘇芳先輩と二人になれる時間を作って……」
「ど、どうすればいいかなぁ」
ああ、また聞いてしまった。
浅葱は言ってから後悔してしまった。なんでも綾に聞いてしまおうなど。
けれど綾はむしろ張り切り出してしまったようだ。
「そりゃ部活が一緒なんだから、それ関係でいくらでもあるんじゃないの?」
わくわくと言われたし、綾もきっと同じことを考えていただろうけれど、浅葱はちょっと難しい顔になってしまう。
「うーん……普段ならあるけど……アドバイスがほしいとか、居残りして教えてくださいとか……でも、今は秋季賞の提出直前だから……」
「ああ……そうか。それがあったか」
伝わったようで、綾の勢いがちょっと落ちた。確かに今は、部活が大詰め。
そして自分の作品を完成させて提出すればいい浅葱はともかく、蘇芳先輩は部長としてもっと大変だろう。そんな余裕はないかもしれない。
「じゃあむしろ、蘇芳先輩もそれが終わって落ちついてから、って考えてるかもよ?」
それもわかったようで、綾は違うことを言ってくれた。
確かにそれはありうる、と浅葱も思った。
蘇芳先輩は『ゆっくりできるときに』と言ってくれた。
それならむしろ、秋季賞提出が終わってから、という意味で取れるのではないだろうか?
「それまでに心の準備をしておけば、いざというときスムーズにお返事できるんじゃないかな」
最後に、にこっと笑って綾は言った。
そのとおりだ。今はまだ、嬉しかったり期待したり、九割がたそうじゃないかなと思っていても、落ちついているとはあまり言えないだろう。
「そうだね。そうしてみる! 私も絵に集中しないとだし」
そこでチャイムの音が聞こえた。予鈴だ。午後の授業がはじまってしまう。
「おっと。行かないとね」
綾はおぎょうぎ悪く座っていた机から、ぴょんと飛び降りる。その前の椅子に座っていた浅葱も立ち上がった。
「本当にありがとう。聞いてくれて」
「いやいや、おやすいご用だよ」
浅葱のお礼に、綾はもう一度笑って、ぱたぱたと手を振った。
空き教室をあとにして、廊下に出る。ほかの知り合いに見られないように、一階下の空き教室にお邪魔していたので、階段を一階分のぼらなくてはいけない。
「今日は数学だったよね」
「あー、午後イチが数学とか絶対爆睡じゃん。さっきゴハン食べたばっかだし」
「綾はいつもそう言うねぇ。でも中間テストあるから聞いてないとまずいよー」
「そうだけどぉ。じゃあ浅葱が教えてよ! 相談聞いてあげたしょ」
「それとこれとは別じゃない?」
そんな、いつもどおりの親友とのやりとり。
心がずっと、ずっと軽く、穏やかになったことに、浅葱はこのお茶目な親友に心の中でもう一度お礼を言った。
昼休みの綾との会話でずいぶん心穏やかになった浅葱は、放課後になって、うきうきと部活へ行ったのだけど。
その日の部活が大荒れになるなんて、ちっとも予想していなかったのだ。
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