驚きの『バイト仲間』

「いらっしゃいませー!」

「お団子、すあま、おはぎはいかがですかー!」

 お祭がはじまり、浅葱はお店のカウンターから「いらっしゃいませ」を何度も言った。

 はじめは声をあげて「いらっしゃいませ!」と元気よく言うのはちょっと恥ずかしかった。

 けれど何度も言ううちに慣れていった。店員さんなのに、もじもじとしているほうが恥ずかしいじゃないか。そう思うようになったのだ。

 「いらっしゃいませ」がメインの浅葱だったが、綾はもっと色々とおすすめの甘味の名前を挙げたりしてお客を呼んでいる。

 甘味のラインナップのお団子は定番の和菓子だが、ほかに、すあまは縁起のいいお菓子として。おはぎはお彼岸が近いということで選ばれたらしい。

 注文が入って、お客さんが食べていくと言うならそちらのお給仕に入る。

 注文を取って紙に書いて、それを準備して運んで……くらいのことだった。お茶の用意は慣れている綾や、お父さん、お母さんがしてくれるのでそれを運ぶだけ。意外と簡単だった。

 お客さんに対してていねいな言葉づかいをして、お給仕もていねいにするように気を付けるだけ。

 お昼になるくらいには割と慣れてしまった。

 その中で、ふと思った。

 そういえば、蘇芳先輩も夏休みに短期バイトをしたって言ってたなぁ。

 せっかくだから、なんのバイトをしたんですか、とか聞いてみればよかった。

 でも今からでも遅くないだろう。

 今度聞いてみよう。そうしたらそのときに、「私もこのあいだ、商店街の秋祭りでバイトみたいなことをして……」と話せるだろう。

 話題探しのようだが、純粋に話してみたかった。

 働くということは、思ったよりも楽しかったのだ。蘇芳先輩はもっと良く知っているのだろう。そういうアドバイスもまた、もらえるかもしれないではないか。

 高校生の間は勉強と部活に打ち込みたかったから、決まったバイトをするつもりはなかった。

 でも先輩のように、そして今、自分で経験しているような短期バイトならやってみたい。

 それは自分の中でいい経験になると思ったからだ。

 今だって。

 これ、絵にしたらおいしそうじゃないかなぁ。

 休憩時間にお団子などを振舞われながら、浅葱はついそんなことを思い、あんこをまぶしたお団子をじっと見てしまった。

 休憩は交代なので、綾とは別だった。なので一人でいろいろと考えたのだ。

 今度、和菓子のスケッチをしてみようかと思う。うまくいったなら、色鉛筆ででも簡単な絵にして……。

 そのようなことを考えるのも楽しくて。

 しかし、そんな平和なことを考えていられたのは、お昼にもらった休憩から戻るまでのことだった。

「ああ、浅葱! ……ふふ。『売り子さん』のヘルプが一人増えたよぉ」

 奥の部屋から出てきた浅葱を見て、綾がくちもとを押さえて、ふふっと言った。なにかたくらんでいるような口調だ。

 浅葱は首をかしげた。

 売り子さんのヘルプ? 聞いていないけれど……。

 でも急に決まったとか、そういうことかもしれない。なので浅葱は「お手伝いしてくれるひとが増えるならいいことなんじゃないの?」と何気なく言った。そしてそのまま外へ出ていってしまったのだが……そこで仰天した。

「あれっ、六谷じゃないか!?」

 思わず心臓が止まるかと思った。

 だって、そこにいて、向こうもおどろいたような顔をしたそのひと。

 綾真さんが着ていたのと同じ、作務衣にエプロンをつけて、カウンターに立っていたのは。

 ……蘇芳先輩ではないか。

「すっ、蘇芳、せんぱいっ!? どどど、どうして……」

 浅葱の声は思いっきりひっくり返った。どっどっと心臓が一気に速い鼓動を刻みだす。

「こんなところで会うなんて……思わなかったよ」

 あちらも相当おどろいたらしい。目を丸くしていた。すぐにいつもの優しい笑みに戻ったけれど。

「ふふ、蘇芳先輩はお兄ちゃんの知り合いなんだってよぉ」

 うしろから追いかけてきた綾が、いたずらぽく言った。

 綾真さんの部活の知り合い!? 中学で一緒だったとかだろうか。

「だ、だまってるなんて酷くない!? そういうことなら教えてくれても……」

 思わず綾を引っ張って、こそこそと言っていた。

 まさかいきなり心臓を止められるようなことをされるなんて。

 でも綾は「ごめんごめん」と笑顔のまま言っただけだった。

「でも私も聞いたのは数日前なんだって。お兄ちゃんも中学校は別だったけど……なんか、違う学校の交流会だか、そういうので知り合って友達になったとかなんとか」

 それはフンワリしたものだったが、ないことではないだろう。しかし、偶然にもほどがある。

 綾にそう言われてしまえば、もう責められないではないか。それに綾だって、浅葱によかれと思ってだまってくれていたのかもしれないし。

 浅葱はだまってしまう。そんな浅葱の肩を、綾は、ぽんと叩いた。

「まぁまぁ。せっかくの偶然なんだよ。生かしたらいいよ!」

「生かすってなに!?」

 声がひっくり返った浅葱に構わず、綾はにやにやとした。

「そりゃあ、同じ仕事をして仲を深めるとか……」

「わ、わぁ! そんなこと……あっ、あんまり話してたらいけないよね! 戻らないと」

「もー、嬉しいなら嬉しそうにしなよー」

 綾はちょっとふくれたけれど、それでも「頑張りなよ」と言ってくれたのだった。

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