秋祭りでアルバイト?
「え、秋祭りの売り子……?」
意外な提案を持ち掛けられたのは、ある日の帰り道だった。最初に言われたときは、どういう用件なのかすぐにわからなかったくらいだ。
「そう! 商店街の秋祭りなんだけどね、人手が足りなくてさ~、友達に来られる子がいたらお手伝い頼めないかって、お父さんが」
お願いっ! と手を合わせるのは、親友・綾である。
コトの経緯はともかく、話している内容についてはなんとなく理由がわかった。
綾の家は商店街でお店をやっているのだ。簡単に言えば、和菓子屋さん。おじいさんの代から続く、それなりに歴史のあるお店らしい。
浅葱や綾の住む街の駅前にあるので、浅葱と同じ中学校だったり仲が良かったりする子だったりすれば、みんな知っていることだ。
もう三年以上、友達なのだ。綾の家族のひとたちとも何度も会ったことがある。今はお父さんとお母さんがメインでお店を切り盛りしていて、おじいさんやおばあさんもたまにお店に立っている。仲のいい家族なのだ。
「えっと、いつ? どういうことするの?」
「ええとね、再来週の連休でね……」
綾は具体的な日程を教えてくれる。
連休の三日間。商店街の秋祭りで、特別な出店をする。
いつもの、和菓子を売るだけのお店ではなく、ベンチやテーブルを出して、簡単なイートインスペースを作るのだそうだ。
そのお手伝いが欲しいということらしい。
美術部は基本的に土日は活動がないし、その週末は特にほかの用事もなかった。
なので、ほかならぬ親友の頼みであるし、できれば力になってあげたいと思った。
「私にできるかなぁ」
でも心配だった。バイトなどもしたことがない。
そんな自分が、いきなり売り子なんて。中学校の文化祭でお店ごっこをしたくらいの経験しかないのだ。
「できるできる! 簡単だよー。毎年やってるし、私やお兄ちゃんだって小学生の頃からやってるから」
浅葱が前向きなのを知ったのだろう。綾の顔が輝いて、詳しく話してくれた。
綾のお兄さんも参加するらしい。綾のお兄さんは、綾真(りょうま)さんという。高校三年生。重色高校とは違う学校に通っているそうだ。だから、綾の家を訪ねたときくらいしか顔を合わせる機会のないひとだ。
きっとこのお兄さんが、将来は綾の家のお店を継ぐんだろうなぁ。
親友相手とはいえ、ひとの家の事情などは知らない。けれどそういうものなんだろうな、と思っていたし、別に思っているだけなら失礼でもないだろう。
そんなお手伝いメンバーのすることは、基本的には売り子。秋祭り限定の和菓子を売る役目だそうだ。
プラス、イートインスペースへ注文された和菓子やお茶を持っていく。そういう仕事も追加されるかもしれない。
そういう内容だと綾は話した。
それならできなくもないかもしれない。
「難しいことは頼まないし。ぶっちゃけ、明るい声で『いらっしゃいませ!』って言ってくれるだけでもいいんだよ」
綾は言い切った。
「そ、そういうものなの?」
「そういうものだよ! 挨拶と笑顔が一番大事なんだからね」
それで、あれよあれよという間に、お手伝いは決まってしまったのである。
一応、家でお母さんに許可は取った。でもあっさり「いいんじゃない?」と言われてしまった。
「綾ちゃんのところなら安心だし。いい経験になるかもしれないわ」
ほっとした。確かに、バイトに近いようなことなのだ。知り合いの元であるほうが安心できる。
実際、バイト、なのだと思う。綾は「あまり多くないけど、バイト代も出すってお父さんが言ってたから」と言っていた。
お金目当てではないが、報酬がもらえるというのはやはり魅力的で。
いい経験になる、綾の手助けにもなる、そして純粋に、ちょっと楽しそう。
そんな理由で浅葱は臨時の和菓子屋さんになることになったのだった。
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