初めての出会いは美術館
初めて蘇芳先輩に『会った』ときのこと。浅葱はまだよく覚えていた。
印象的だったのだ。目を奪われてしまった。たっぷり五分は見つめていたし、友達と一緒でなければ一時間でも二時間でも見ていたかった。
それは美術館でのことだった。電車で一時間ほどの場所にある、大きめの美術館だ。
美術館、といっても名前を挙げれば「ああ。あそこね。こないだピカソ展やってたよね」とみんながわかるようなところではない。
それよりは少しタイプが違って……常設展示は少しだけ。メインはコンクールなどでの受賞作を取り上げて展示したり、あるいはイベントで作られた作品の展示など。いわば、ローカルな美術館なのだった。
そういう美術館で、浅葱は蘇芳先輩に『出会った』。
夏の情景ポスターコンテスト。高校生の部。それの入賞作品だった。
一年近く前になろうか。
当時から美術部に所属していた浅葱は、もちろんほかのひとの絵を見るのも好きだった。
それに部活でも推奨されていた。『コンテストに入賞するような作品を見るのも勉強になりますからね』などとだ。
よって、今度、高校生の作品が展示されるということで、友達と連れ立って見に行ったのだ。今、同じ美術部に所属している萌江も一緒だった。
何気なく訪ねただけだった。
けれどそれがある意味、運命の出会いだったのだろう。
美術館の順路に沿って作品を見ていった。どの作品もとても綺麗だったし、高い技術を持っているのがよくわかった。
並んでいる絵は夏の情景がテーマだったので、鮮やかな色の作品が多かった。
青空とか、海とか、あるいは山の緑とか、だ。
けれどその絵は少し暗いトーンだった。
夏の夕暮れの絵。石の階段があって、その脇には民家が並んで、子どもたちが「五時の鐘が鳴ったからおうちに帰ろ」なんてしているような風景。
オレンジと藍色と……そういう暗めの色がメインで、派手ではなかった。
けれどなんだかしんみりするような、もしくは懐かしさなどが強く伝わってくる絵だった。
そして浅葱は吸い寄せられたように、その絵に見入ってしまったのだった。
技術だけではない。絵から『表現したいこと』や『描いたひとの気持ち』が強く伝わってきたからだ。
このひとはきっと、この季節、この時間、そしてこういうどこか懐かしい場所が好きなのだろう。なにかしら思い入れがあるのだろう。
見ただけでそれを伝えられるのは、ある意味、技術よりもすごいことだ。
「これ、綺麗だね」
萌江が近くに寄ってきて、言った。浅葱は萌江をちょっとだけ見て、すぐに絵に視線を戻してしまった。
「うん。なんだか吸い込まれそう。絵の中に立ってみたいな」
「ああ、わかるよ。この場所なんて知らないはずなのに、なんだか懐かしい感じがする」
その絵は萌江にも多少なり、印象を残したようだ。
きっと浅葱ほどではなかっただろうけど。
やっぱり本当は何時間でも見ていたかったのだ。でも自分だけわがままをするわけにはいかない。ほかの子たちと一緒に来ているのだから。
「そろそろ行こうよ。お茶でも飲みに行こ!」なんて呼ばれてしまっては行かないわけにはいかなくて。
後ろ髪を引かれる思いで、せめてもと、ちらっと振り返って目に焼き付けたのだった。
それが蘇芳先輩との『出会い』。
なので一緒に重色高校に入学して、絵を描いた本人である蘇芳先輩に、本当の意味で出会ったとき。
心臓が飛び出るかと思った。知らないひとだけど、こんな素敵な絵を描いたひとなのだ。名前くらいはほんのり覚えていたのだから。すぐわかった。
まさか本人に会えるとは。しかも同じ学校、同じ美術部。先輩。こんな、近しい関係になれるなんて思わなかったのだ。
そして感動したのは浅葱だけではなかった。
萌江も「あの絵のひとじゃん! すごいすごい、まさか会えるなんて。それも先輩になるなんて!」と、おおいに感動していたものだ。
そんなふうに。
本人に会うよりも、先輩の『絵』に、ある意味一目惚れしてしまった浅葱。
先輩本人に恋をしてしまったのは、自然なことだっただろう。
浅葱の心を惹きつけたのは、絵が魅力的だったから、だけではない。そこには蘇芳先輩のすべてが、気持ちやら人柄やら想いやら……すべてが、詰まっていたのだから。
そういう絵を描いた本人。蘇芳先輩は、絵から伝わってくる印象そのままに、あたたかくて、優しくて、思いやりにあふれた素敵なひとだった。
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