第5話 蛇神様の王都散策

「…………むう。暇じゃ」


 シオは暇すぎて、何を思ったのか逆立ちをしていた。銀色の髪がカーテンのように顔を隠す。


「カナタもリンノも、一体何処へ行ったというんじゃ……こんな紙切れなぞ残しおって」


 朝、シオが目覚めると、枕元には『ごめんなさいシオ様、今日は予定があるので一日出かけます』と、リンノの下手くそな字で書かれた紙が置いてあった。


 予定は何なのかぐらい教えてくれても良かったのにと思う。


「ふん……別にいいんじゃ。儂にはこの子らがおるでの」


 腕に巻きつくニョロスケを見ながらぼそりと呟く。


「こうなったら、探しに行ってやろうか」


 逆立ちをやめて、重力に逆らっていた髪を直す。


 最初は慣れなかったブーツを履く。今ではすっかりお気に入りとなっていた。


「ふふ、待っておれカナタ、リンノ。この儂を除け者にするなど千年早いということを教えてやるのじゃ!」



   ◇



 一方その頃。


 カナタとリンノはミハネの店を訪れていた。


「あら、どうしたのカナタちゃん?」


 ボーっとしていたカナタを心配してミハネは声をかける。


「あ、いえ。ただちょっと今、背筋が」

「風邪かしら。暖かい服とかもうちにあるから、欲しかったら勝っていってね」


 閉じた目から星が飛び出してきそうなほど強烈なウィンク。


「はは……考えておきます」



   ◇



「はてさて、飛び出してきたのは良いが、二人とも何処におるんじゃろうか」


 人が忙しなく行き交う石畳の道を一人で歩く。


「しかし一人で歩くのも久々じゃ。祠を出てからずっと、三人でおったからのう。……このまま物見遊山に行くのも良いかもしれんな」


 せっかくだからこの機会に、王都を見て回るのも悪くないと思いながら、足を動かす。


 しばらく歩いた先の道に長蛇の列が出来ていることに気づく。


「な、なんじゃこの人だかりは……」


 これにシオも困惑。


 するとシオの耳に、近くにいた女子の集団の会話が聞こえてくる。


「え〜、もうこんなに並んじゃってるの〜?」

「新作のアイス、食べたかったね〜」


 などと残念そうに話しながら、歩いていった。


「アイス……? どういう物なんじゃろうか……。こんな時、リンノが居ればのう」

「ねぇ、ちょっと」


 頭を抱えていると、背後から聞き覚えのある声がかけられた。


「リンノか? ってなんじゃ、アリシアか」

「なんだとはご挨拶ね」

「どうも、シオ様。先日はお世話になりました」


 振り向いた先には、金髪お嬢様のアリシア、傘を差し彼女を日差しから守る執事カトリオットがいた。


 アリシアの手には、何かが握られている。


「アリシアよ、その手に持っているものはなんじゃ?」

「これ? これは今日発売、百人限定のアイスクリームよ」

「アイスクリーム、とは?」


 アリシアは目を白黒させる。


「知らないの? アイスクリーム」

「知らぬな、アイスクリーム」


 まるで信じられないものを見たというような顔をするアリシア。


「こ、この世にアイスクリームを知らない人がいるなんて……」

「じゃから、それは何なのじゃ?」

「……アイスクリームってのはミルクをどうにかこうにかして作られたスイーツよ。……本当は嫌だけど、一口上げるわ」


 スプーンでアイスをすくってシオへ差し出す。宝石のように輝くそれに、シオは喉を鳴らす。


 おそるおそるスプーンに近づき、口に含む。


 瞬間、シオの顔がパァっと明るくなる。


「あ、甘い……!」

「ふふん。そうでしょ。ここのアイス、世界一美味しいって評判なんだから」


 シオに続いてアリシアも一口。こちらも口に入れた瞬間、頬が緩む。


「ア、アリシア! 儂にももう一口だけ!」

「しょ、しょうがないわね……!」


 アリシアは餌付けしてるみたいだな、と思っていたが、別のことに気づいて顔を赤くさせる。


「あ、あれ、これって……」

「こんなに美味いものが出来ていたとはな……! と、アリシア。どうしたんじゃ?」


 アリシアは顔を真っ赤にさせてスプーンとシオを交互に見る。正確にはシオというよりシオの唇だが。


「か、か、か……」

「か?」

「間接……」


 そこまで言うと、シオもポンと手を叩き理解する。


「そういうことか。何、儂は構わんぞ。間接キスぐらい、幾らでもしてやろう」


 シオが善意のつもりで言った言葉が、アリシアにはとどめの一撃となってしまう。


 アリシアの顔から湯気がぼうっと出ると、そのまま固まってしまう。


「? おーい、アリシア?」


 目の前で手を振っても反応は無い。


 見かねたカトリオットが口を開く。


「……シオ様。この歳の子はそういうことを気にしてしまうものなのですよ」

「む、そうなのか? ……それは悪いことをしてしまったな」

「いえいえ。お嬢様には様々な経験をしてほしいと思っていますから。あ、このままでは溶けてしまい勿体ないので、どうか召し上がってください」


 そう言ってカトリオットはシオにアイスの入ったカップを手渡す。


「いいのか? 色々とすまないのじゃ」

「それでは私たちは失礼します。良い一日を」


 カトリオットは「かかかかんせつ、きききす……」とうわごとのように繰り返すアリシアを押して、その場を後にする。


「アリシアには悪いことをしてしまったな……また今度、このアイスの礼と一緒に何かしてやろうかの。ん、甘い」


 アイスを片手に、アリシアのことを思う。


「あの歳の子、か。カナタもリンノ、アリシアは兎も角、爺やすら儂にとっては子供じゃからのぅ。難儀なものじゃ」




 あの二人の捜索を再開し雑踏の中を歩いていると、すれ違った人に肩がぶつかってしまう。


「おっと、すまぬのじゃ」

「チッ。ああ? なんだガキかよ」


 青年はシオを一瞥すると面倒臭そうに立ち去っていく。もとい、立ち去ろうとした。


 何かに引っ張られ、立ち去れなかったのだ。


「ああン?」

「ガキではない」


 シオが青年の服を掴み、引き止めていた。


「こっちへ来るんじゃ……」

「なっ、なんなんだこいつッ!」


 青年は物凄い力で引きずられ、路地裏にまで連れて来られる。


 そして、正座をさせられ、目の前には腕を組んで仁王立ちするシオ。周りに人がいれば、誰もが目を疑う光景であっただろう。


「儂はガキではない。あと、主の態度が気に食わん。何故そんなに他人に攻撃的になれるのじゃ? 喧嘩がしたければ魔物とでもしているが良い」


 シオは冷静に、青年を見下ろして話す。


「何か訳があるなら言うのじゃ。そういう態度をとっていなければ親が死ぬという理由があれば儂も許そう」

「す、すみませんでした……」


 この一件から、王都ではしばしば独特な言葉遣いで説教をする女の子の霊が出る、と噂が広まったそうな。



   ◇



「あれ、確か今……」


 既視感のある姿を見て、カナタは目を擦る。


 カナタが立ち止まったのに気づいたリンノも足を止める。


「何かあった、カナタ?」

「いや、今シオ様がいたような気がして」

「げ、出てきちゃったか。なら、見つからないうちに色々やんなきゃね」


 リンノはメモを見ながら、歩き出す。


「ですね、急ぎましょう」



   ◇



「ん? 今、カナタがいたような気がしたんじゃが……気のせいだったか」


 未だあてどなくカナタたちを探すシオ。


「はぁ、一体何処にいるんじゃ……。それにしても、王都ってこんなに広かったかの?」


 歩き疲れて設置されていたベンチに座り込む。


 軽く休憩しようと目を閉じる。だが、それは中断せざるを得なくなる。


「きゃー! わたしの飼ってる蛇が逃げてしまったわ、誰か捕まえてー!」


 女性が、逃げた蛇を捕まえて欲しいと叫んでいた。


 蛇と聞いたら、シオは黙っていられず、立ち上がる。


「ほう。蛇か。休みたいとこじゃったが、蛇ならば仕方がないのう」


 女性の元へ向かって、質問をする。


「のう、蛇が逃げた方向は分かるか?」

「へっ? あっちだけど……って、お嬢ちゃんは行っちゃダメよ。あの子、毒持ってるから……」


 毒、という単語を聞いたシオの額に血管が浮き出る。


「毒を持ってるのなら管理はしっかりとせんか!」

「は、はいっ、すみません!」


 女性は蛇神様の気品を本能で感じ取ったのか、背筋を正す。


「少しここで待っとれ。この儂、蛇神が責任を持って捕まえてくるとしよう。蛇に人間を傷つけさせるわけにはいかぬからな……」


 そう言って、シオは地面を蹴る。


 大まかな位置しか分からなかったが、通行人が「蛇だー!」などといちいち反応してくれるおかげで、場所を特定することが出来た。


 偶然落ちていた壺に入っていった蛇の姿を認めると、壺の前まで歩いていく。


「さぁ、追い詰めたのじゃ。観念して出てくるがいい」


 シオが壺に優しい声をかけると、蛇はシュルシュルとシオの元まで出てきた。


「うむ、良い子じゃ。……健康体じゃな、良き飼い主に出会えたようでなによりじゃ。もう飼い主を困らせてはならぬぞ」


 蛇はシャーっと返事をすると、シオの腕に巻きつく。


「しようのない子じゃのう、少しだけじゃぞ?」


 腕に蛇を巻きつけたまま、先程駆けた道を引き返す。


「ああ、無事だった、お嬢ちゃん? って、その腕にいるのは……」

「無事に決まっておろう? ほれ、ちゃんと捕まえてきたぞ」


 飼い主の姿を見ると蛇は腕を伝って移動していく。


「ありがとうね、お嬢ちゃん。逃げ出さないようしっかりと管理するわ」

「うむ、気をつけるのじゃぞ」


 そう言って、その場を離れる。


「ふーむ。人に感謝されるのも悪くないかもしれんの」


 出来る限り人助けはすることにしよう、とシオは心の中で呟いた。


 ふと視線を上げると、蛇騒動を聞きつけて見にきていたのか、カナタが歩いているのを見つける。


「あーっ!」


 何の声だろうか、と振り向いたカナタが見たものは、鬼の形相をしたシオがこちらへ走ってくる光景だった。


「うわあああああっ!?」


 カナタも何かに弾かれたように全力疾走を始める。見つかってしまった以上逃げる必要は無かったのだが、反射的に逃げてしまったので仕方ない。


 かくして、王都を一周する追いかけっこが始まることとなる。


「待てぇいカナタ! 何故逃げるんじゃ!」

「ごめんなさいシオ様ーっ!」


 シオとカナタの出す声に釣られて、「なんだなんだ」「痴話喧嘩か?」と野次馬も集まりだす。カナタが捕まるか捕まらないか賭けを始める野次馬までいた。


 ジリジリとさを詰めていったシオの手がカナタの肩へと触れる。捕まれてバランスを崩したカナタは転んで、近くに積んであった木箱へと回転しながら突っ込んでいった。


「はぁ、はぁ……やっと捕まえたぞ、カナタよ」

「あはは……捕まっちゃいましたか」


 カナタはゆっくりと起き上がりながら言う。


「それで、お主らはコソコソと何をしとったんじゃ」

「今から説明しますよ。着いてきてもらってもいいですか?」


 うむ、と返すと、カナタは歩き始めた。シオも横に並んで着いていく。


 やがて、ピンク色の建物が見えてきた。


「ここです」


 カナタが示した場所はやはり、ミハネの服屋である。


「む? ミハネの店ではないか。ワフクの補修は終わったのか?」

「まぁ、とりあえず中に」


 ドアを開けると、ベルの音が響く。


「おかえり、カナタ――って、シオ様!?」

「ん、リンノも見つけたのじゃ」

「すみませんリンノさん、見つかっちゃいました」


 リンノは店に入ってきたのがカナタだけでなくシオもいることに気づくと驚いた声を上げる。


「あら、シオちゃんも来ちゃったのね。カナタちゃん、何してたかまだ言ってないわよね?」

「はい、言ってませんよ」


 ミハネはカナタから荷物を受け取る。


「ミハネまで……何をしようとしてるんじゃ?」

「ふふ、そう急かさないの。もうちょっとで終わるから少しだけ待っててくれる?」

「あ、ああ、構わぬが……」


 シオの了承を得たミハネは微笑みながら裏にある部屋へと消えていく。


「大丈夫ですよ。シオ様を除け者にしようなんて思ってませんから」

「べ、別に儂はそんなこと、気にしないのじゃ……」


 明らかに気にしているシオを見てリンノは思わず笑ってしまう。


「ああもう、シオ様ってば可愛いんですからぁ!」

「のわぁっ!? 何をする、リンノ!」


 シオに抱きつくリンノ。ペットを可愛いがるように頭をわしゃわしゃと撫でる。


「や、やめるのじゃぁっ!」

「やめませーん!」


 その時ちょうど、裏からミハネが戻ってくる。


「あらあら、お邪魔だったかしら」

「ミ、ミハネさん! 大丈夫です!」


 リンノから解放されたシオはため息を吐く。


「や、やっと離れてくれたか……」

「シオちゃん、はいこれ」

「おお、ワフクか! 直ったんじゃな!」


 試着室に促され、中に入る。すると、ワフク以外にも何か渡されていることに気がついた。


「ミハネよ、これはなんじゃ?」

「それはね、カナタちゃんリンノちゃんからのプレゼントよ。ワフクの上から着てみて」

「ほう、儂にプレゼントか……!」


「シオ様、ブーツ気に入ってたでしょう? ただワフクとブーツってちょっと違和感あるから、なんとか出来ないかなって思って。色々とミハネさんにも強力してもらったの」

「こういうファッションは、リンノさんの故郷の言葉で、和洋折衷って言うらしいですよ」


 シオの目が潤む。


「あ、シオ様、泣いちゃった。サプライズ、成功かな?」

「……ありがとうの、早速着てみるのじゃ」


 着慣れたワフクの上から、新しく作られた衣服を羽織る。


「ど、どうかの?」

「わぁ……! すっごく可愛いですよ、シオ様! なんかこう、和ロックみたいな感じで!」

「お、おう? リンノの言ってることはよく分からんが、褒めてくれてるんじゃろう。……カナタはどう思う?」


「素敵だと思います。とても、可愛い」

「ふふ、ありがとうの、二人とも。感謝するぞ」


 シオの眩しい笑顔に、カナタとリンノの心は安らぐ。一人にさせてしまったのは申し訳なかったが、この笑顔が見れたので良しとしよう。


「また罪深いものを作ってしまったわ……」


 ただ一人、ミハネだけは両の二の腕を擦り、自分の創作力に恐怖を抱いていた。

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