第3話 ウェイター・アンド・ウェイトレス
「シオ様、カナタ、言っておかないといけないことがあるの」
ミハネに服を仕立ててもらってからの、翌日。
宿屋の一室のベッドにどっかりと座り込んで、リンノは口を開く。ベッドの柔らかさにそのまま眠ってしまいそうになったが、誘惑に打ち勝ち話を続ける。
「どうかしたのか?」
「何かあったんですか?」
察していない二人に対し、リンノは一旦息を吐いて、吸う。
そして、一言。
「――お金が、ありません」
そう、蛇神様一行にはお金が無かった。
シオは長い洞窟暮らしでお金は必要なく、カナタはリンノにお金の管理を任せている。
カナタの場合、一度カナタにお金の管理を任せたところ、財布をこれでもかと言うほど落としまくるので、リンノが管理しているという訳である。
「シオ様の眷族を探しに行こうにも、お金が無いと何も出来ません」
「そ、そうか……。どうにかならないのか? 儂に出来ることなら、やるぞ?」
「ぼ、僕も手伝います!」
二人のその言葉を待っていましたと言わんばかりに、リンノの口元がつり上がる。
「その言葉を待ってました」
というか、言った。
「これからある場所に行きますので、着いてきてください」
まるで悪役のような笑みを浮かべているリンノの様子に、カナタとリンノは顔を見合わせて頭に?マークを浮かべていた。
*
「ここよ」
「ほう、飲食店か」
「でもここ、なんか変な看板置いてありますよ」
カナタが指差す先には、丸みを帯びた字で『優しいマスターのお店』『怖くないよ』など書かれた、店主の苦労が伺える看板が立てられていた。
「当日から働かせてくれる場所がここしか無かったのよ」
「えっ、働くんですか?」
カナタの素っ頓狂な声がリンノの耳に突き刺さる。
「働くのよ、仕事」
「ふむ、仕事か。人間の仕事をするのは初めてじゃから、何だか愉しみじゃのう」
子供のように無邪気な笑みを辺りにまき散らすシオ。リンノの表情がつい緩んでしまう。
「リンノさん、顔」
「はっ、わ、分かってるわよ! さぁ、行くわよ」
心のどこかで緊張していたのか、コンコンと軽く二回、ノックしてからドアノブに手をかける。
「ごめんくださーい」
リンノのはつらつとした声が、木と石を合わせて作られた飲食店内に響く。
「すまねぇ、まだ準備中なんでまた後で……」
奥のカウンターの裏から、禿頭に眼帯という『如何にも』な風貌をした男が顔を覗かせる。
カナタはこの男を見た瞬間、表のあった看板の意味を理解した。怖かった。
「お客じゃなくて、アルバイトしたいんですけど」
「なんでぇ、働きたいってか!」
アルバイト、の文字を耳にした男が目を輝かせる。
「三人とも働いてくれるのか……って、なんだ、子供は無理だぞ」
「儂は子供ではない」
「そうですよ、シオ様は子供じゃありません」
「カナタ……知らない人からしたら子供に見えるのよ……」
眼帯の男の反応も当然で、他人から見れば、小さな女の子を子供ではないだの、神様だの言うヤバイ少年少女である。
「いや、子供だろ」
「子供ではないと言うに」
「子供にしか見えん」
「子供なのは外見だけじゃ」
不毛なやり取りが二度三度行われた。
頑なに自分を子供だと認めぬシオに、眼帯の男は丁寧に磨かれた頭に手を置く。
「ったく、子供じゃないってことにしとくか」
「それでいいんじゃ」
仕切り直しとしてか、眼帯の男は手を叩く。パン、という乾いた音が辺りに響いた。
「自己紹介といくか。俺はヨーク。マスターと呼んでくれ」
「リンノです。よろしくお願いします、マスター」
「僕はカナタです。未熟者ですが、よろしくお願いします」
「儂の名はシオ。世話になるぞ、マスター」
マスターは一人一人に握手をする。ごつごつしていて、まさに男らしい手だったが、握り方はどこか優しかった。
「それじゃあ、まずはカナタだ。裏でこれに着替えてきてくれ」
カナタはマスターから紙袋を渡され、別の部屋へと通される。
数分後、裏から出てきたのは、今までの緩い雰囲気とは一変し、まさに執事と言うべき風貌をしたカナタだった。
「ど、どうですか?」
「よく似合ってるぞえ、カナタ」
「へぇ~、カナタって割とかっこいいじゃないの」
「この服を買っといた俺、ナイスだ……」
反応はそれぞれだったが、三人とも執事服を身に纏ったカナタを褒めていた。
「さ、お次は女性二人だ。シオちゃんの方はサイズが合うか分からんが、一回着てみてくれ」
「了解じゃ」
先ほどと同じように紙袋を渡され、裏へと通される。
ただ、先ほどと違う点が一つ。それは、この後にマスター、カナタ両名の耳をつんざく黄色い声が響いたことである。
「ぶはーっ!? なななんだこの天使!?」
「お、落ち着けリンノよ。儂の姿がおかしかったのか?」
「シオ様シオ様! これ以上は私の血が止まらなくなってしまいますからぁ!」
裏で何が起こっているのか分からないが、リンノが暴走しているのだけは分かった。
マスターは救いを求めるような目でカナタを一瞥する。
「…………リンノって、いつもあんなんなのか?」
「昨日から……ですね……」
少し経ってから、裏からシオとカナタが出てくる。どちらも、メイド服を身に纏っていた。
「わぁ……! 二人とも、すっごく可愛いですよ!」
「ありがとうの、カナタや」
「あ、ありがと」
「これも買っといた俺、グッジョブ!」
お互いを褒めるカナタとシオをおいて、リンノはマスターに耳打ちする。
「……ねぇマスター。これ犯罪とかにならない? 可愛い罪とか……」
「俺はお前さんが捕まらねえか心配だよ……」
小さい子のメイド服姿で鼻血を漏らす少女。最早犯罪者である。
「さぁ、開店まで時間がある。軽く仕事を教えるから頼んだぞ」
◇
世界が黒のカーテンに覆われ、月が煌々と現れる時間、夜。
王都グランドグラン城下町のはずれに、ぐったりとしながら歩く男性二人組がいた。
「今日も疲れたなぁ。いつもの所で飲んでくか……」
「でもあそこ、最近客少ねえよな。もしかしたら潰れちまってんじゃね?」
「どうだろうな、ははっ!」
だが、この二人組の予想はすぐさま裏切られることとなる。
いつものようにドアを開けると、そこには客の笑い声や、注文を伝える声で賑わう店の姿があった。
「――は?」
慌ただしい様子で駆け回る少女が、入店した二人に気づき声を上げる。
「あ、いらっしゃいませ! お好きな席にどうぞ!」
その少女――リンノは、鮮やかな黒髪を後ろで一つに纏め、どこか恥じらいも感じさせる表情で接客業務をこなしていた。
「は、はぁ……」
呆気にとられながら席に着くと、リンノがお冷とおしぼりをテーブルに置く。
「注文がお決まりになりましたら、呼んでくださいね!」
リンノが立ち去った後、男二人は作戦会議という風に顔を寄せて話し始める。
「な、なぁ……俺、入る店間違ってないよな?」
「ああ、多分……」
平静を装い、何を頼むかを決め、店員を呼ぶ。
注文を取りに来たのは、のほほんとした顔をしながらも、執事服を映えさせる動作で業務をこなす少年――カナタである。
「お決まりになりましたか?」
「ああ……取り敢えず、生を」
「二つ……」
「生二つですね! マスター、生ハム二つで!」
天然、発揮。いくら執事服を着ようが、カナタの天然は変わらない。
「あ、ハムじゃなくて、酒の方なんだけど……」
「えっ、そっちの方でしたか! すみませんマスター、酒の方でした! 申し訳ございませんお客様、僕、天然ってよく言われるんです……」
「い、いや気にしなくていいよ」
ここまで見事な天然ぶりを見せられると怒る気になれず、応援したい気持ちが湧き出てくる。
「次から頑張ってくれな?」
「はい、ありがとうございます!」
カナタが次の注文を取りに、テーブルを去る。途中で思いっきりすっころんだのは見ていないことにした。
そして、再び顔を寄せ、こそこそと話を始める。
「天然ドジってすげえなぁ……」
「この店ってこんなとこだっけか……?」
こそこそとしていると、不意に横から声がかけられる。
「生二つのお客様はこちらであってるかの?」
「そうだけど……って、ええぇっ!?」
横を見れば、酒が並々と注がれたジョッキを二つ持った、幼い少女の姿が――!
「なんじゃ違ったか? ふむ、ではどこで……」
「あってますあってます! ここです!」
「お、あってたか。見たところかなり疲弊しているようじゃな。どうぞごゆるりとしていってくれ」
フリルのついたメイド服を身に纏って、独特な言葉遣いで男二人を労うのは言わずもがな、シオである。子供が店内を駆け回り楽しそうに接客している光景は、客の心を和ませるのには充分だった。
「子供か? なんでこんなところに……」
「そんなことどうでもいいじゃないか。良いものが見れたんだからさ……!」
「……確かにな……!」
その後、男性二人組は乾杯し、とことこと料理を運ぶシオの姿が見たいがために注文を繰り返すのだった。
◇
「いやぁ、今日は本当に助かっちまった! はいよ、給料。こんなに客が来るとは思ってなかったから、少しおまけしておいたぜ!」
三人はそれぞれマスターから袋を渡される。一目見て分かるほど、パンパンに硬貨が詰まっていた。
袋を手渡してから、マスターは言葉を続ける。
「それでよ、お前ら。うちで正式に働く気はないか?」
「残念じゃが、これからずっと、という訳にはいかんな……」
シオが申し訳なさそうに言うと、マスターはニカっと笑う。
「いや、お前らにも事情があるんだろう? 構わねえさ。俺の料理が好きだっつってくれた人は沢山いたからよ。ただ、やっぱりお前らが目当ての人は多かったからな」
「まぁ、確かにそうですね……」
リンノは男性全般の層から人気があり、カナタはいわゆる大人の女性から好かれていた。シオにいたっては店を訪れた客全員が「可愛い」「うちにも欲しい」などの感想を口にしていた。
「それじゃあ、暇な時にまたお手伝いに来ますよ! 私たちもお金は欲しいですし!」
「おお、マジか!? 言ったなら絶対来てくれよ!」
「マジですマジ!」
まるで子供のようにパァっと顔を明るくさせるマスター。
「今日はありがとうございました! それでは!」
「勉強になりました、マスター」
「それではの、また働かせてくれ」
手をブンブンと振るマスターの姿が見えなくなるまで、こちらも手を振り返す。
三人は、今日のことを一生忘れないだろう、と並んで歩いていくのであった。
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