第2話 服を買いに行こう
「ところで、さっきから気になってたんじゃが何故カナタは下着姿なのじゃ?」
シオの言葉に、リンノは目だけ動かしてカナタの方を見る。
するとどうだろう、そこには下半身だけ下着姿の少年が!
「ぶーっ! あ、あんたなんでっ!?」
予想もしていなかったことにリンノも思わず吹き出してしまう。
カナタは手を頭に置き、照れ臭そうに言った。
「いやぁ、多分どっかで落としちゃって」
「落としちゃったって何!? ズボンってそんな簡単に脱げる物だったっけ!?」
「まあ落としてしまったのなら仕方ないじゃろ」
「納得しちゃうんですね……」
リンノは、この二人といると頭がおかしくなってしまいそうだと思った。
しかしカナタもシオの方を見て少しだけ、顔を赤らめる。
「で、でもシオ様だって……」
シオの着ていた服はボロボロで、所々からみずみずしい柔肌が顔を覗かせていた。
リンノは一瞬でカナタの頭を掴み、視線を塞ぐ。
「見るなぁーっ!」
「わぁっ、ごめんなさいごめんなさい!」
平謝りするカナタの顔面を掴みながら、リンノはシオの方を見る。
「着物って……こっちにもあるんだ」
小さく呟いたつもりだったが、どうやらシオの耳には届いたようで。
「ああ、これか。珍しいじゃろ? 遠い遠い東方の地から取り寄せたのじゃ」
「あれ……聞こえちゃってましたか」
「気にするでない。儂はこのままで構わんから、カナタの服だけでもどうにかせねば」
「構わなくなくないです!」
リンノの額に脂汗が滲む。下着姿の男と破れた服の女の子。誰がどう見ても事案である。
リンノは何か無いかと肩から下げていた鞄を漁り、鞄から二枚の布を取り出す。
「とりあえず二人ともこれを羽織ってて」
「わかりました」
「了解した」
二人は小さく折りたたんである布を受け取る。
広げると、カナタの肩から足まで届く程長い外套となった。
「……よくこんな大きいの持ってましたね、リンノさん」
「買う時、長さの単位間違えちゃったのよ」
何処か遠い目をして答えるリンノ。
「リンノも苦労してるんじゃな……」
シオは長すぎる外套を折り曲げたり何とかしてサイズを調整する。
「ふむ、これでどうじゃ?」
手を横に広げてクルっとその場で一回転するシオ。
シオの何気ない動作に、リンノは鼻から赤い液体を垂らしていた。
「リ、リンノさん、鼻、血!」
「えっあっ、嘘?」
事態を見かねたシオは、慌てるリンノの頭に手を乗せる。
「これ、慌てるでない。悪化するから落ち着くんじゃ」
何処か母性を感じるシオの声に、リンノは――
「わ、わかりまひたっ……!」
――鼻血、悪化。
これには流石のシオも取り乱す。
「なっ、なんじゃあっ?」
「ご、ごめんなさいーっ!」
鼻血は止まらずに、どんどん溢れていき、地面を赤く染めていく。
余談であるが、この草原に赤く染まった新種の植物が発見されたとかされていないとか。
そして数分後。
「すみませんシオ様……ようやく止まりました」
「謝るでない。止まったなら良いんじゃよ」
「ほんとすみません……それで、服を買う為に、王都に向かいましょう」
「王都か。こっちの王都と言えば、グランドグランかの」
王都グランドグラン。この世界の東西に位置する王都の一つで、豪快で奔放な王様がいることで知られている。
「そうと決まれば善は急げじゃ。早速向かうとしよう」
◇
「着いたの。懐かしいのう、何年振りだったか……」
一行の眼前にはそびえ立つ外壁。城だけでなく、城下町も外敵から守れるよう完全に覆われている。
「シオ様、懐かしむのは後にして早く行きましょう」
「う、うむ。そうか」
すれ違う人々は、揃いも揃って三人を一瞥して、過ぎ去っていく。
リンノは周囲からの視線が集まっていることに気づき、シオを急かす。
「やっぱり、お揃いの物羽織ってるから皆気になっちゃうんですね~」
分かって言っているのかそうでないのか。リンノは、のほほんとしているカナタを見る。
一行が注目の的になっている理由は、シオとカナタが同じ不細工な外套を背負っているから…………という訳ではなかった。
カナタが、シオをお姫様抱っこの要領で抱えていたからである。
何故お姫様抱っこをしているのかというと、先程グランドグランに向かおうとした矢先。長い間、歩かなかったこともあり、長距離の移動に耐えられなかったのだろう、シオの草履の鼻緒が切れてしまったのである。
そのまま歩かせるのも憚られた為、カナタがここまで抱えて来たという訳である。
因みに、リンノが知る由もないが、周りから送られる視線は『あらあら、兄妹かしら』『お兄さん偉いわね~』という意味での視線が多かった。
「ええっと……服屋はこっちかしら?」
町中に設置してある看板を頼りに、服屋を目指す。
目的の建物はすぐに見つかった。建物の壁は真っピンクに塗られており、見ているだけで目が痛くなりそうだ。
「……本当にここであってるのか、リンノ?」
「その筈ですけど……」
おそるおそるドアノブに手をかける。力を入れると、ドアに付けられていたベルがちりん、と鳴り、三人の入店が店員に伝わる。
「いらっしゃ~い」
来客を迎えるは筋骨隆々の男性。だが、その姿には似つかわしくないピンク色の服を身にまとっている。
「あらあら、可愛い子たちじゃないの~! 今日はどういう用件で?」
「えっと、この子に合う服と、そこの男のズボンを探しに」
店員はシオとカナタの身体を舐めまわす様に見つめると、目を輝かせる。
「ちょっと待って頂戴。その子が着ている服、もしかしてワフクじゃない?」
「ほう。分かるのか?」
「ええ、分かるわ。服のことで、このアタシ――ミハネに見抜けぬことなどありはしないわッ!」
ミハネと名乗った男の背後でピンク色の爆発が起こった――と一同は錯覚する。それ程にこの男の放つオーラは凄まじかった。
カナタはおお、と感嘆の息を漏らして拍手している。まるでヒーローの活躍を目にした子供のようだ。
「でもそのワフク、ボロボロじゃない? どうかしら、そのワフクを直させてくれるなら、代わりの服をプレゼントするわ」
「何、いいのか?」
「ええ。アタシが欲しいのはワフクに使われている技術。服の対価になるには充分すぎるわ」
なるほど、と小さく漏らし、シオは外套を脱ぎ――その勢いのまま、ワフクを脱ぎ始める――!
「ってシオ様ーーッ!?」
リンノは視界にシオのきめ細かな白い肌が入ってくると同時に、カナタの目を塞ぐ。いたっ、と聞こえた気もするが、そんなことを気にしている場合ではない。
「ああそうか。善は急げの精神で思わず脱いでしまったわ。ミハネからは卑しい男の気配がしない。そう言う訳じゃ」
「どういう訳ですかッ!」
「あらあら、シオちゃんだったかしら。アタシを他の男と違うことを見抜くなんて、ワフクといい、只者じゃないわね」
「お主もじゃろう?」
そう互いに認め、笑いあうシオとミハネを見て、リンノはついため息を漏らす。
「さ、シオちゃんはここに入っていて。すぐに着替えを持ってくるから」
「了解した」
ミハネに促され、シオはカーテンで仕切られた試着室に入る。
先に発した言葉の通り、ミハネはすぐに替えの服を持ってきた。
「ふむ? この服はどうやって着るのじゃ?」
「それはねー、こうやって着るのよ」
まるで姉妹みたいだな、とリンノは思ってしまう。ただ、ミハネは不思議と信頼できるような気がした。
やがて、仕切りとなっていたカーテンが小気味いい音を立てて開く。
そこには、大人びたワフク姿のイメージとは一転し、子供らしいフリフリもついていたが、シオ本人の雰囲気もあるのか、子供らしさを感じさせない仕上がりとなっていた。
「ど、どうじゃ、カナタ、リンノ?」
「わぁ……! とっても可愛いですよ、シオ様!」
「神様……!」
無邪気に感想を言うカナタに対し、リンノは口を手で抑えていた。
「リンノさん?」
「はっ……なんでもないわ」
新品のズボンをカナタに渡しながらミハネは呟く。
「どんな人間でも輝かせて魅せるのが私のポリシーだけど……シオちゃんはまるで神様みたいね。服が引き立てるんじゃなく、服を引き立てながらも自分をも引き立てているわ」
その呟きに、リンノはドキリとする。やはり、神様だと分かる人間もいるのか。
「それじゃあ、アタシは早速ワフクの補修に取り掛かるわね。数日かかるだろうから、またしばらくしたらここに来て頂戴」
「ああ、感謝するぞ、ミハネ。助かった」
店の外まで見送りに来てくれたミハネに手を振り、背を向ける。
「すると、暫くはここに滞在した方が良いじゃろうな」
「じゃあ、宿屋で部屋を取りましょうか」
「日も傾いてきてますからね」
気づけば空がオレンジ色に染まっていた。シオの銀色の髪がオレンジ色の光を浴びて、キラキラと反射する。
一行が宿屋に向かって歩き出すと、シオがバランスを崩して転びそうになる。こける前にカナタがシオの身体を受け止めた。
「大丈夫、シオ様?」
「た、助かったぞ、カナタ。しかし、ブーツとはこんなにも歩きづらいものだったとはな……」
しばらくヨタヨタとおぼつかない足取りで歩くシオの姿はまた可愛らしいものであったが、転ばぬように気をつけながら、時に支え、宿屋への道を辿っていくのであった。
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