6-8 Happy Birthday
COCジュニア部所属が発表されて、一か月が経とうとしている。突然の発表に、コメント欄は概ねお祝いだとか嬉しいといった喜びの文章で埋まっていた。らしい。
らしいというのは、相変わらず私がほとんどコメントを見ないから。
仲間の三人によれば、少しは否定的なコメントもあったらしい。
見たら落ち込むようなものは見ない。
正しいやり方かはわからないけれど、とりあえず今の私はそうやって活動を続けている。
一月のとある土曜日、私はハルと二人でCOCの事務所を訪れていた。
「まず、こちらの箱がハルくん、ヒロくん、芙雪くん宛てのファンレターです。中身はこちらで念のため確認させていただきました。荷物になっちゃいますけどハルくんにお渡しして大丈夫ですか?」
「はい! ありがとうございます」
ハルが東さんから封筒やはがきの束を受け取っている。私たちが事務所所属になったから、コメントやメッセージじゃなくてお手紙をCOC経由でハルちゃんねるに宛てて送ってくれるファンの人たちができたのだ。
今日はジュニア部所属メンバー向けの情報リテラシーワークショップに参加するために来たのだけど(ヒロと芙雪くんは高校が土曜授業だったから欠席)、ついでだからと東さんが届いていたファンレターを持ってきてくれた。
「それから、さっちゃんにはこの箱なんですけど……」
「えっ、なんですかこれ!?」
なぜか私宛てだけ、段ボールひと箱分の手紙とプレゼント。なんでこんなに多いの……?
「さっちゃんのお誕生日、今月末でしょう? それでファンの方たちがお誕生日プレゼントを贈って来てくださってるんです。まだこれからどんどん届くと思いますよ。持って帰るのは大変だと思うので後日送らせていただきますね。今、ちょっとだけ見てみます?」
東さんに促され、中身を少し確認してみる。高価すぎない物のプレゼントのほか、手紙やメッセージカード。
さっちゃん、お誕生日おめでとうございます!
いつも面白い動画をありがとう!
顔は見えないけどいつも楽しそうな声に元気もらってます。
17歳の一年間もエンジョイして楽しい動画たくさん撮ってください
いくつかの手紙を開けると、そんな言葉たちが並んでいた。こんな優しいメッセージが、まだ開けていない分も、これから届く分も、こんなに。
胸の奥のあたりがじんわりとあったかくなってくる。
具体的になんと言う気分か説明するのは難しいけれど。
「……嬉しいな」
つぶやきながら自然と笑みがこぼれた。
こんなにたくさんの知らない人たちにお祝いしてもらうのは初めてだ。
似たような気持ちになったことなら、ある。初めて志紋くんと一緒に踊ってみたの動画を撮って公開したとき。たくさんの人に上手だと褒められて嬉しかった。
あのときを思い出すような、でもあのときとは違うような、不思議な気持ち。
「みんな、サイトで私の誕生日、見てくれたんだ。動画で一月生まれだって言ったこともないのに」
わざわざ確認して、こうして祝ってくれてるんだ。
しんみりと喜びをかみしめていると、ハルがぽんと私の肩に手を置いた。
「動画さ、低評価を押されるときもあるし、つまんないってコメント書かれるときもあるじゃん。さっちゃんがそういうの苦手なのもわかってるし、気にするなっていう簡単な話じゃないのもわかるよ。でも、こうやって応援してくれる人もいるし、さ」
「……うん。ハルたちと違って、画面に映ってもいないのにね」
「そりゃあ画面の中にいなくたって、さっちゃんはハルちゃんねるのメンバーじゃん。ハルちゃんねるが好きな人はみんな、さっちゃんのこと好きだよ。楽しそうに笑いながら撮ってくれて、面白い動画を編集してくれて。俺も、メンバーとしてだけじゃなくて友達としてもさっちゃん、好きだし。たくさんの人に好かれてるから、大丈夫だよ」
「……うん」
ハルと目が合うと、彼はにっこりと笑った。初めて教室で話があると声をかけられたときからもう何度も見てきた、人を元気にするような笑顔。
いつの間にかその元気をもらうことが日常になっていて、今でも励まされている。そんなことに、ふと気が付いた。
「ハル、ありがとう。大好き。ハルと友達になれて良かった」
「ええ? 急にどしたの」
「急に言いたくなったから。東さん、この箱、送ってもらったあとに中身動画で紹介してもいいですか? 視聴者の皆さんにもちゃんと届きましたありがとうってお礼伝えたいです」
「もちろん、いいですよ」
東さんがにこにことそう言ってくれて、私も自然と笑みがこぼれた。
*
「芙雪が二月生まれだろ? 来月はあいつに箱でプレゼントが送られてくんのか~」
東さんとも別れて、帰るために出口に向かって歩いていると、ハルが自分の誕生日のようにわくわくした表情で言った。
「ハルが五月だから、九月のヒロが最後だね。四人でお祝いもしようね」
「もちろん! そういえば、ばあちゃんがさっちゃんの誕生日のときにケーキ作ろうかって。うちのばあちゃん、お菓子作り得意だから」
「えっ、ほんと? いいの?」
そんな話をしているうちに、一階のエントランスへたどり着く。歩きながら、出入り口のそばに設置されている小型のスクリーンに視線が向いた。
それは、バーチャルユーチューバーのイベントのプロモーションビデオだった。
軽やかに歌って踊る、キャラクターの姿に私はつい見入ってしまった。
立ち止まった私に気づいたハルも、足を止める。
「COCってVtuberのマネジメントもやってるんだったね、確か」
「……らしいね。部署が違うから関わる機会もなさそうだけど」
すごいな。あんなになめらかに動いて、踊れるんだ。すべてをさらけ出すような完全な生身の人間としてではなく、生きているけれどバーチャルの世界の住人であるキャラクターとして。
「……ねえ、ハル。Vtuberだってモーションキャプチャーのためにカメラの前にいなきゃいけないのは同じだけど、もしかしたら実写よりは私にとってハードル低いかもって今、思ったんだけど……」
突飛な思いつきをそのまま口にしてしまい、私自身も少し戸惑ってしまう。けれど、画面の中で動いているキャラクターを見て、思ってしまった。いいな、羨ましいって。
いつか、もう少し強くなれたら、そうしたらもしかして、できないだろうか。
そんなやんわりとした形にもまだなっていない思考を読み取ってくれたのか、ハルが柔らかく微笑んだ。
「いいんじゃない? Vtuber。やってみたくなったら、東さんに相談したら? あ、でもハルちゃんねるはやめないでくれると嬉しい、んだけど」
「やめないよ! そのときは……えっと、そのときがいつ来るかわかんないけど、やってみたくなったときは両方やるか、ハルちゃんねるの中でVになれないか模索する、方向で相談、するから」
できれば、さっちゃんじゃないまた別のキャラクターとしてやってみたいし、両立してみたいけど。そんなに私器用なことできるかな……って、今すぐやるわけでもないのに考えてもしょうがないか。
目まぐるしくそんなことを考えていると、ハルがくすりと笑った。
「なんかさ、ヒロが俺も一緒にやるって言い出しそうじゃない? ハルちゃんねるのときみたいに」
「ああ、ありそう……」
「Vtuberのカップルチャンネルとかあんま見ないから面白そう」
「私とヒロ、カップルじゃないけどね」
「俺は時間の問題だと思ってるけど?」
「え?」
ハルが悪戯っぽい笑みを浮かべたまま、ゆっくりと出口に向かって歩き始める。私も困惑しつつ、スクリーンに背を向けて彼を追いかけた。
のんびりと、言葉をゆっくり紡ぐように前方から話しかけられる。
「さっちゃんは視聴者っていう他人の目に傷つけられてきた人だと俺は思ってるから……俺たち男子三人と動画の中でどう接するか、今もめちゃくちゃ気にして活動してくれてるんだろうなって。付き合ってんじゃないかとか、変な噂になんないようにやってくれてるでしょ?」
「あ……うん」
「ありがとね。でもさ、どんなに気づかないふりをしていても、ヒロがさっちゃんを好きな気持ちは嘘じゃないし存在しないことにはならない。俺たち四人全員ユーチューバーだけど、ファンもいるけど、高校生だから。誠実に健全に恋愛するのは悪いことじゃないと、思う」
「……」
なんと答えればいいのか、わからなかった。ハルは全部、わかってる。ヒロの好意に鈍感になろうと必死になっている私も。ヒロと私の関係を考える以前に、ファンからの目を怖がっている私も。ヒロのファンに何か言われるんじゃないかと恐れている私も。そうやって怯えて見ないふりをしている私を受け入れてくれているヒロのことも。
「ハル、私……」
ずっと思っていたけれど誰にも打ち明けたことがなかったこと。言うか迷って、勇気を出して口を開く。
「私、踊り手にもユーチューバーにもなったことがなくて、動画投稿なんかしたことがなくて、本当にただの、ファンとかコメントとかそういうの何も知らない私だったら多分……ヒロのこと好きだったと思う。今だって本当は、好きになりたいんだと思う」
最後の言葉に、ハルはパッと振り向いて私を見た。普段よりも丸くなった目が、私を射抜いた。
「今のさっちゃんでも、好きになっていいんだよ。さっちゃんの人生なんだから」
「そう、かな」
「うん。それでもしハルちゃんねるに困ったことが起こったら、そのときはみんなでどうすればいいか考えればいいいんだよ。友達で仲間なんだから」
「……ありがとう。あの、まだ無理そうだけどいつか私の心がもう少し強くなったら……あの……」
弱っちくてやっぱりどこかうじうじしている私が歯切れ悪く言いよどむと、ハルはいつもの彼特有の明るい笑顔で頷いてくれた。
「もちろん、応援する。さっちゃんの恋も、それからVtuberのこともね。強くなるまでは、絶対に急かさないし守るから」
そう言い切ってくれる大垣晴は、どこからどう見てもハルちゃんねるのリーダーで私を引っ張ってくれる、頼もしい友人の顔だった。だから私は、その「いつか」に希望を持つことができるんだ。
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