6-7 四人で

 十二月。冬だ。

 といっても外は真冬とはいえず、まだまだ秋らしく暖かい。雪もしばらくは降らないだろう。

 私たちはうちの高校とヒロたちの高校のどちらからも近いファミレスで、一つのPCの画面を顔を寄せ合ってのぞき込んでいた。


「まだ?」

「ヒロ先輩せっかちです」

「そうだよまだ二分前」


 今日は夕方五時に、ハルちゃんねるのCOCジュニア部所属が発表される予定なのだ。放課後に集合した私たちは、その瞬間をみんなで見守ろうと三十分前からこんな感じで待機している。


「待てねえ。コーラメロンソーダカルピスおかわりしてくる」

「どんなマズそうなミックスしてんのよ。しかもおかわりって」


 思わず突っ込んでしまったけれど、ヒロの意志は固いらしく、魔のジュースを作るべくさっさとドリンクバーに行ってしまった。


「戻って来る頃には五時過ぎてたりして」

「そしたらヒロ抜きで三人で見るかー」

「あはは。そんなこと言わずに待ってあげましょうよ。でも楽しみですね。どんな風になってるんですかね」

「……そうだね。楽しみ」


 自分に楽しみだと発言する権利があるのか迷いながらも、芙雪くんにそう返事をする。

 私が写真に写りたくないとわがままを言ったことを思い出すと、小さく胸の奥が痛んだ。いったいどんなページに完成したんだろう。


 結局、ヒロは色々と混ぜ込んだジュースをすばやく作成してすぐに戻ってきた。

 五時ちょうどになったから、ハルがCOCのサイトを開くのをみんなで見守る。


「あ、出た」


 画面が変わった瞬間、ハルがそう言って私たちにも見やすいように体の位置をずらしてくれた。


 四人で画面をのぞき込むと、上部に「ジュニア部所属クリエイター」の文字が。少しずつスクロールしていくと、私たちと同じように一期生としてジュニア部に入った他のユーチューバーさんのチャンネルが表示される。そうやって確認していると、「ハルちゃんねる」とポップなロゴが見えた。


「……可愛い」


 ふふっと芙雪くんが笑うから、みんなでうなずく。


「じゃあ、クリックするよ」


 そう言って、ハルがそのロゴをクリックすると、また画面が変わる。


「あっ……」


 目に飛び込んできたものに、私は小さく声をあげた。


「わあ、すごい」


 ハルも嬉しそうにつぶやく。

 そこには、プロフィールや活動内容の紹介、YouTubeチャンネルのリンク等が表示されている。だけどそれらのトップにまず、私たち四人のイラストがあった。

 写真ではなく、二次元キャラクターのようになった私たちが、いた。画面の中で肩を寄せ合って満面の笑みをこぼしていた。

 明るい笑顔のハルも、切れ長な目が特徴のヒロも、優しい顔立ちの芙雪くんも、ポニーテールがチャームポイントになっている私も、みんなどこか本人に似ている。


「すげー」

「いいですね」


 ヒロと芙雪くんも顔を見合わせて笑っている。


「東さんに俺たちをイラストにしてほしいって頼んだら、プロのイラストレーターさんに依頼してくれたんだって」


 ハルに言われてよく見ると、絵の右下にイラストレーターの名前が表記されていて目を丸くする。


「ここここの人、イラストサイトでめっちゃフォロワーいる超有名な絵師さんでは!?」

「さっちゃんが前からよくいいねしてる、ソシャゲとかの二次創作絵描いてる人だろ。さっちゃんが好きって東さんに俺が教えたら、東さんもこの人好きだって」

「COCの他の部署の社員さんが繋がりあって、急遽僕たちの依頼引き受けてもらてえたんですよね」

「ちょ、ヒロも芙雪も、それ黙っとくって話だったじゃん」

「あ、」

「忘れてました」


 慌てて口元を抑えるヒロと芙雪くん、それから焦った表情のハルを見比べる。


「ハルたちが頼んだの?」

「あー、うー、うん、まあ……」

「じゃあ今イラストでびっくりしたの、私だけ?」


 決まり悪そうにうなずくハルのとなりで、ヒロが小さくため息をついた。


「もういいじゃん、言っちゃお。さっちゃんが写真はちょっと難しいって話になったじゃん。だから、ハルが考えてくれたんだよ。写真じゃないけど、四人で写れる紹介画像。イラストにしようって」

「……そう。ヒロにまず言って、それから芙雪にもそれでいいか確認してから東さんに連絡した」


 芙雪くんと目が合うと、笑ってうなずいてくれる。安心させるように。

 まだ困った顔のハルが、眉を八文字型にして東さんを見た。


「さっちゃんには俺らからの提案っていうのは黙っとくつもりだったのに。この人、面倒くさいから俺らに気を遣わせた申し訳ないってまた悩むから……」

「いや、ほんとついうっかり言っちゃいました。すみません」

「その面倒くさいのネタ、引きずりすぎじゃない……?」


 私のつぶやきに、ヒロがしれっと言い返してくる。


「ハルは、事実を言っただけ。さっちゃんはめんどい」

「ええ~……」


 確かに、最初から聞かされていれば、ハルの言う通り申し訳ないと思って素直に喜べなかったかもしれないけれど。

 少し考えてみて、私は小さく首を振る。

 そんなことないな。だって今、ハルたちが四人で一緒に画面に登場できる方法を考えてくれて、東さんや大人の人たちも動いてくれた、そんな結果のこのイラストを見て、申し訳ないとか思うよりももっと……嬉しい。そういう気持ちの方が、勝っている。

 だから今、私は悩んでなんかいない。


「……ありがとう」


 お礼を言ってみんなを見ると、ハルもヒロも芙雪くんも、私を見て首を傾げるような仕草をした。


「私も仲間外れにならないように考えてくれて、ありがとう」

「もちろん! さっちゃんは大事な仲間だし!」

「どういたしまして」

「さっちゃんさん喜んでくれて良かったです」


 視線を動かすと、明るく笑うハルと、柔らかく目元を細めたヒロと、にこりと微笑む芙雪くんと、順に目が合う。私も思わず、頬が緩む。


「このイラストの四人分の立ち絵バージョンのデータも、今度もらえるらしいんだ。そしたら動画に使っていいってさ」

「そうなの?」

「テロップ入れるときにアイコンみたいにして使ったら、誰が喋ってるとかわかりやすくてよくね?」

「それ以外にも、サムネに使ってもいいですよね。もっと四人で画面に映りたいです!」


 絵の中の私たちは楽しそうに笑っている。

 現実でも私たちって一緒にいるとき、これくらい笑えているかな。

 自分ではわからないけれど、これだけ笑顔になれるくらいに、楽しくみんなでこれからも。やっていけたらいいな。そうしたら私、とても幸せだな。


 そんなことを考えながら。胸からこみあげてくる、どうしようもなく泣いてしまいそうな気持があふれるのをこらえて。

 大好きな友達三人と一緒に、私は新しい一歩を踏み出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る