1-6 おとなりの幼なじみ

 久しぶりに触った動画編集ソフトだけれど、案外使い方は覚えているもので編集作業はさくさくと進んだ。

 大垣くんと相談しながら、まずは必要ないと思ったシーンをカットしていって、残ったシーンを繋げて、鯉が釣れたところはスロー再生も追加したりして。

私が入れたいなと思っていた大垣くんのピースするところもばっちり入れた。音も雑音はなるべく消して、BGMやテロップも入れて。そこらへんは普段の大垣くんの動画と雰囲気を合わせる。

 過去の彼の動画もいくつか見せてもらったけれど、テンポがいいから楽しく見られるのばっかり。そのテンポを無くさないように私は気を付けて編集する。

 お互いにかなり集中していたみたいで終わった頃には窓の外が真っ暗になっていた。


「やっば、今何時?」

「え、えーと、もう七時だ!」


 時間を聞いて大垣くんが、マジかと慌てて制服のポケットからスマホを取り出した。


「長居してごめん。もう帰るわ。家に連絡しなきゃ、ばあちゃんが心配症だから……。澤さん、今日はありがとう」

「ううん、お母さんに大垣くん帰るって言ってくるから、ゆっくり帰る準備しててよ」


 私は大垣くんを残して廊下に出てリビングに顔を出した。お母さんはキッチンでお鍋をかき混ぜていた。良い匂い。今日はカレーだ、やったね。


「お母さん、大垣くん、もう帰るから」

「そうなの? 晩ご飯は食べていかない?」

「いかないと思うよ。家の人に連絡してないって慌ててたし」

「残念。亜紀羅がせっかく男の子連れて来たんだからお父さんにも会わせてみたかったなあ」


 お母さん楽しそうに笑っているけど、それでお父さんが「亜紀羅に彼氏ができた……」ってショックを受けるのが見たいだけなんだ。まったく。


「ねえ、何か勘違いしてるかもだけど、大垣くんは私の彼氏じゃないからね」

「はーいはい。でもお母さん、ああいう明るくて礼儀正しい子は好きだから、息子になるなら大歓迎よ」

「あのねえ、」


 何か言い返そうとしたところで、玄関のチャイムが鳴った。


「私出るよ」

「そお? じゃあお願いね~」


 小走りで玄関まで行きドアを開けると、見知った顔が気怠げに立っていた。

 目が隠れそうなくらい全体的に長めの黒髪に、眠たそうなあくび。耳には昨年の誕生日に私があげた深い赤色のピアスが光っている。


 お隣に住む同い年の幼なじみ、奈津田なつだ志大しひろこと、ヒロだ。


「回覧板、持ってきた」


 無雑作にマンション住民の間で回っている回覧ファイルを手渡してもう一度あくび。


「……眠そうだね」

「寝てたから」


 いつものことだから慣れてるけど、相変わらずぼんやりのんびりしているヤツだ。こんななのに地元のヤンキーと喧嘩になればめちゃくちゃ強いから、ここらへんでは奈津田志大といえば悪い意味で有名人だったりする。ヒロのご両親も、よくうちの親に「どうしようもない子だ」と愚痴ってる。私はヒロに暴力ふるわれたことも、暴言を吐かれたことすらもないから、ただの見た目だけチャラい友だちって感じでしかないけど。


「亜紀羅ん家、今日カレー? いい匂いする」

「うん。多分余るよ。持って帰る?」

「やめとく。いい匂いだけど、突然持って帰ったら母さんが困る」

「それもそうだねえ。ヒロんとこは今日の晩御飯何なの」

「知らん。でもさっきピーマンの焼ける匂いがした、おえ」

「嫌いだからってここで吐かないでくれるかな」


 そんなやり取りをしていると、帰る準備を終えたらしい大垣くんがお母さんに挨拶している声が後ろから聞こえた。

 振り向くと大垣くんがちょうどこっちに歩いてくる。


「じゃあ澤さん帰るね。今日はお世話になりました。あ、お客さん? ごめん」

「ううん大丈夫、隣りの家の友だちだから」


 ちらりとヒロを見ると、彼は怪訝そうに大垣くんを見つつぺこりと会釈する。


「同じ高校の友だちの大垣くん」

「ふうん。初めまして。奈津田です」

「初めまして、大垣晴です。えっと、じゃあ澤さん、お邪魔しました」


 にこにこと挨拶して大垣くんは外に出た。そのまま帰るのを見送ろうとして、ふと私は思い出す。


「あ、あの、大垣くん。動画を公開するときにひとつだけお願いがあるの」

「うん? 何?」

「私……というか、踊り手のアッキが手伝ったっていうのは、言ったり書いたりしないでほしいの。どこにも」


 少し、声がうわずってしまった。私はアッキとして手伝ったわけじゃない。だから名前は出さないで。

 私の緊張した雰囲気を感じとったのか、大垣くんが唇をひき結んだ真面目な顔で私を見る。けれどそれは一瞬のことで、すぐに明るい笑顔になってうなずいた。


「了解。でも澤さんのやってくれたことがなかったことになるのはおかしいと思うから、高校の友だちが手伝ってくれたってことは言うかも。いい?」


 どこか安心させるような響きのある口調に私はほっと肩の力を抜いた。


「うん。ありがとう」

「こちらこそ、じゃあまた学校で!」


 手を振って帰っていった大垣くんを見送る。姿が見えなくなった頃に、黙って私たちのやり取りを見ていたヒロがつぶやくように口を開いた。


「動画って何? 亜紀羅、また踊ったの?」


 責めるような、心配しているような、不安定な声音。

 私は大垣くんのように努めて明るく笑った。


「踊ってないよ。大垣くん、ユーチューバーなの。今回だけ撮影と編集を手伝ったんだ。踊ってみたじゃなくてやってみた系の、馬鹿みたいな実写動画」

「……そう。亜紀羅がやろうと思ってやってることなら、別にいいんだけど」


 猫のような彼の瞳が不安気に揺れている。ヒロ、何も問題ないよ。私がやりたくてやったことだよ。

 お母さんが呼ぶ声が玄関の奥から聞こえる。


「じゃあ、戻るね」

「うん」


 ヒロに背を向けて、私は家の中へ戻った。

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