1-5 お互いの隠しごと
それからきっちり六時間授業を受けて、放課後。
編集作業は私の家ですることになった。私がメインで編集するなら、私のパソコンを使おうということで。大垣くんは案外私の家に近いところに住んでるそうで、じゃあ終わったらすぐに帰れるラッキーと喜んでいた。
「そんな近くに住んでたんだ。でも、あそこって私と同じ西中の学区だけど大垣くんってうちの中学校出身じゃないよね? 私立中とかの出身?」
マンションの前に二人分の自転車を止めて、大垣くんを私がお父さんとお母さんと三人で暮らしている五階の部屋までエレベーターでご案内。
「えっと、中学受験はしてないよ。高校入学するときに引っ越してきただけ」
狭いエレベーターの中で、大垣くんはチカチカと移動していく階数表示を見上げながら答えた。私も一緒にそれを見つめる。二階、三階、四階……。
「そうなんだ。前の家は、引っ越さないと今の高校に通えないくらい遠くだったんだ? どこに住んでたの?」
「んー、どっか遠く。澤さんが知らないような田舎」
珍しく投げやりな口調に、私は思わず大垣くんを見た。その横顔は何の表情も写し出してはいなかった。
階数表示が五階まで来て、エレベーターのドアが開く。
何か、聞いちゃいけないことに触れてしまったかな。深入りしないでおこう。
「そっかー。まあ、ここも結構田舎だけどね。着いたし行こう。家にお母さんいるけど友だち来るって言ってあるから気にしないでね」
私は大垣くんを先導するようにエレベーターから歩き出す。彼はそれ以上引っ越す前のことは口にせず、ただ黙ってついて来た。
大垣くんと初めて対面したお母さんは、私が女子の友だちを連れてくると思い込んでいたのか、少しだけ驚いていた。確かに高校生になってから家に上げたことがある男子って、隣りに住んでる幼なじみくらいかも。
つまり、自分の部屋に男子を入れるのも高校生になってからは、その幼なじみ以来の二人目。ちゃんと片付けてあったっけなあ、なんてひやひやしながら部屋のドアを開けると、後ろから遠慮がちに「俺、入っていいの?」と大垣くんの声がした。
とりあえず中を確認。うん、たまに洗濯したあとの下着とかほったらかしてるときがあるけど、今日は大丈夫。
「いいよ。一応散らかってない常識の範囲内の綺麗な部屋です。どうぞ」
「あ……いいの?」
言いにくそうにもごもごそう言う大垣くんは、学校の明るい人気者の滅多に見ない表情を見ている私にはお得だけれど、無駄な心配ってやつだ。
「別にいいよ。大垣くんも二人きりになったからって私を襲おうとか思ってないでしょ」
彼にその気がないのは態度を見ていれば一目瞭然だ。この人たぶん、常に動画のことしか考えていない。
「澤さんのお母さんは何か勘違いしているような気がしないでもないんだけど」
「あー。あとで違うって言っとく」
「彼氏は?」
「いないから誤解もされない。……ていうかいらない」
拒絶するようなきつめの声音が出てしまって、大垣くんの目が小さく見開かれる。私も気まずい気分になって顔を俯けた。余計なことを言った。
恋とか異性とか、そういうものが絡むと、ものすごく意地悪になる人がいることを私は知っている。無駄にかっこよくて人気者だった幼なじみのおかげで、しなくてもいい嫌な思いを山ほどしてきた。
もう、巻き込まれたくない。
結局そろそろと部屋に入ってきた大垣くんが首を傾げる。
「……そっか。じゃあ、いい。早速やる?」
そう、軽く笑って大垣くんは話題を変えてくれた。
大垣くんだってさっきエレベーターで何か言いたくなさそうだったもんね。私にも同じようなものがある。
それに直感で気づいてくれたのか無意識にか、彼はそれ以上なにも聞かない。
私のことを、アッキを好きでいてくれた大垣くんは、私があの頃何を言われていたかも知っているのかもしれない。
だけど知られていたとしても、それで私がどのように傷ついていたのかまでは、知られたくなかった。
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