第五章 10-3


「これで終わりね。さようなら、レイネリア=レイ=ホーリーデイ」


 特異な法則が支配するオノゴロの空間、そして満ちるマイナが織り成す二人の決闘は、永遠の根比べの様相をていしていたが、ついには一方が力尽き、決着の時を迎えた。


 荒れ狂う猛攻、五大の氾濫、遺志と意地のぶつかり合い。少女は地にしたレイネリアに近付くと、身を屈めて彼女の左腕を取り、それを自身の胸に抱いた。


 そして、祈るような仕草の後、彼女の身体を通して空属性を発動する。本来であれば、マイナとの親和性が全く無い彼女では、外部からであっても魔法を行使することは出来ない。また、魔法の素養がある者が空属性を操るなど自殺行為に他ならなかった。


 そう、少女は自らに向けて空属性を行使しているのだ。ただでさえ、小さな五歳の身体が生命力を吸われて縮んでいくように見える。


「ど、どうして…」


 息も絶え絶えになりながら、満身創痍の彼女が問い掛ける。しかし、少女の表情は窺えず、黙って首を振るだけであった。いつか、演習の夜に穹廬きゅうろで抱き留められた胸。今では随分と小さくなってしまったけれど、あのときと同じように少女の命の鼓動が伝わってくる。


 少女の行動の理由は分からない。それでも、結末だけは分かる。強制的に発動された空の力が止められない。この優しい鼓動も遠からず消えてしまうだろう。その前に伝えねばならないことがあった。


 あの日、少女を失望させた好戦的な自分。あれは空の天人、アーカーシャなどではない。力に溺れる弱い自分が表層化したものなのだ。いつも心の何処かで力を求めていた。強大な力があれば、いつまでも少女と一緒にいられると思っていた。その報いがこれだ。


 確かに断片的な思念が脳裏をよぎることはある。しかし、それは空の力に付随したおりのような残滓であり、うにその本体はこの世界から消えていたと確信している。


 しかし、その事実にどれほどの意味があるのだろう。少女は走り続け、そして終着点に辿り着いた。今更、それが徒労だったと伝えたところで、ただ残酷なだけではないか。


 彼女の言葉を聴いても、少女から流出する生命力は途絶えない。自壊していく大切な人を止められない。終わりはすぐそこにまで迫っている。このままでは、永遠に少女を失ってしまう。


 そんなのは嫌だ。自分はこんなものを見るために旅をしてきたのではない。こんなことをしたくて力を得たのではない。こんな結末は断じて認められない。考えるのだ、考え続けなければならない。それこそが自分が最初に手にした、少女に認められた武器ではなかったのか。


 しかし、無情にも時だけが過ぎていき、絶望的な未来が現実と重なり合おうとしていた。自分の力の無さを…いや、自分の力をこれほど恨めしく思ったことはなかった。


……


……


 そう、これは自分の力なのだ。止めることは叶わずとも、確かに自分から発せられている力なのだ。ならば、自分ごと止めてしまえば良いだけだ。


 彼女は仰向けの体勢のまま、残った右腕を自らの胸に当て、空の力を顕現する。既に尽きていた筈の力は、皮肉にも少女により強制発動させられたことで、彼女自身から生命力を奪うことを可能としていた。

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