第四章 6-2


 ブッタガヤは、開祖シャーキヤが菩提樹ぼだいじゅの下で天啓てんけいを受けた場所である。一説によると天人の御言みことだともされているが、具体的に何であったのかは伝わっていない。


 四大聖地の中でも教都に次いで盛況な街であり、ツキノアの領都ヘグリにも劣らぬほどであった。街の中心部から放射線状に露店が所狭しと立ち並び、何処も多くの人々で賑わっている。


 レイネリアたちは街道沿いの旅宿に部屋を取ると、続いて食糧や生活必需品などを買い漁った。そして、次に四人が向かった先は、ここが聖地たる由縁、中心部にそびえ立つ菩提樹であった。


 そこは広大な寺院の敷地内にあり、御神体である菩提樹をひと目見ようと、信徒たちが長蛇の列を作っていた。彼女たちはその最後尾に付くと、歓談しながら列が先に進むのを待った。


 それにしても、街中も大勢の人々で溢れ返っていたものだが、ここでは更に輪を掛けて多く、如何に聖地の巡礼が信徒にとって重要なのかが伺い知れる。彼女たちのように周囲と談笑している者から、黙祷して一心に祈りを捧げている者まで、信仰への姿勢には個人差があるようだが、いずれも崇敬の念を抱いてここに参っているのだろう。


 だからこそ、教都にいる偽者が許せなかった。形骸化しているとはいえ、天人地姫の庇護者たるホーリーデイ家に名を連ねる者として、その御名みなを汚す悪行を払拭せねばならない。


 やがて、中心部へと近付くに連れ、正面からは巨大な菩提樹が観えてきた。どうやら途中で柵が設けられているらしく、直接触れたり、根本に座ったりすることは禁じられているようである。


 信徒たちは列の先頭から順に、柵の前まで歩み出て祈りを捧げていた。あまり長居することもなく、しばらくした後、左右に避けて帰っていく。信徒でない彼女にとっては、それほど関心のある場所ではなかったのだが、間近で見ると圧倒されるほどに荘厳であり、まるで天に向かってそびえ立っているかのようであった。


 まさに御神体と称されるに相応しい威容であり、隣に立つラーマとシータも目を奪われているようである。しかし、彼女の眼に映っていたものはそれだけではなかった。


「あなたにも視えたみたいね」


 隣でミストリアが正面を向いたまま呟く。それは彼女の耳を通り過ぎたが、その当惑した表情が肯定の意を示していた。


 空属性を会得したことにより、彼女には必然的にマイナの感知が出来るようになっていた。もっとも、あくまで力の行使に付随するものであり、ミストリアの域には遠く及ばないのだが、それでも菩提樹から感じ取れたことがあった。この巨樹の周辺には膨大な量のマイナが漂っているのだ。しかし、魔法が発動している訳ではない。あくまでマイナの密度が他よりも際立って高いというだけだ。


 マイナとは目に見えない微小な物質であり、通常は空気中に拡散して均一化する傾向にある。勿論もちろん、地域性や天候などの影響により偏ることもあるのだが、今回は菩提樹の周辺のごく限られた範囲に集中しているため、そのような理由では説明が付かなかった。


 そして、マイナの密度を認識したことにより、更にもう一つの事実をも知覚するに至った。それはここにあるマイナの殆どが火の属性ということだ。そう、またしても『火』なのだ。皇国や帝国の徽章きしょうといい、なぜヌーナ大陸にはこうも火が付いて回るのだろう。


 火ではなく、水こそがミストリアの…天人地姫の象徴ではないのか。それとも、大陸のマイナの傾向と天人地姫の特性とは一致しないものなのか。


たまにこうして特定のマイナが湧き出す場所があるのよ」


 ミストリアの言葉に、ふと彼女は我に返る。思わずそちらを振り向くが、それ以上の言及はなく、退屈そうな表情が返ってくるだけであった。


 ある魔法研究家の提唱した仮説にマイナ循環説がある。魔法により魔力を放出し、不活化したマイナは時間を掛けて自然界の魔力を吸い込むが、その過程で大気中や地下、海中などを循環するというものである。


 それによると、活性化したマイナは世界を大移動しながら不活化したマイナと置き換わるのだが、一部がマイナ溜まりと呼ばれる場所に蓄積され、地表に吹き出すことがあるそうだ。斯様かような場所では、特定の属性の密度が濃くなる傾向が予測されていた。


 まさにこの聖地がそうなのであろう。まだ彼女の感知能力では判然としないが、巨樹の周囲にマイナが留まっているのではなく、そこから放出されるマイナが膨大であるが故に、大気中への拡散が追い付かず相対的に濃くなっているのだろう。


 そして、斯様かような場所であるからこそ、開祖シャーキヤは何かを感じ取ったのかも知れない。それが天人に寄るものなのかは定かではないが、いずれにせよ、常人ならざる力の賜物であった。

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