第四章 4-2
突如、茂みより放たれた攻性魔法に対し、レイネリアは素早く
向かって来ているのは、風のマイナを伝導体として細長く矢形に引き伸ばされた魔力…それも複数となれば、風属性の
思考と並行させるように、矢群に向けて右手を
しかし、これはあくまで初手、狩人たちの追撃が予想される。現状として死角に潜んだ相手への対抗手段はなく、また人同士で無用な争いを起こすつもりもなかった。
彼女は射手に視えるように
茂みに向けた視線を逸らすことなく、事の行く末を固唾を呑んで見守る。もしも相手が
「わりぃッス、あれはあんたの獲物だったスか?」
二人組の片割れ、
一方、少年の背後に控える
「なあ、片方譲っては貰えないッスかね。代わりと言っちゃなんだが、村まで運ぶのを手伝うッスよ」
無言で相手を値踏みする彼女に対し、少年は意に介さずに話を進めていく。どうやら身ぐるみを剥ごうという訳ではなさそうだが、毛塊たちの分け前に預かろうという魂胆らしい。
丸太兎は魔物の中でも、脅威というよりは狩猟の獲物、
プラナの収奪の修練においても、既に毛塊たちを対象とする段階は終わっている。先ほど決心したとおり、このまま野に放しても問題はない。そして、その先で狩人の手に掛かり、その糧となることもまた仕方のないことなのだ。
「…お断りよ。この子たちに手出しはさせないわ」
しかし、それは駄目だ。幾ら相手が魔物でも、恩を仇で返すような真似は出来ない。たとえ独善的と言われようとも、自分の目の前で狩ることだけは許さない。
彼女は毅然とした態度で少年の申し出を拒絶した。元より運搬と引き換えに半分を要求するなど言語道断なのだが、少年との間には
一方、後方にいる少女は、睨み合う二人の様子を困惑した表情で見詰めていた。それでも止めようとはしないことから、少女もまた意図するところは同じなのだろう。
「あんた、ひょっとして魔物遣いなんスか?」
彼女もまた思案した後、それに否定の意を示した。正体を偽ることでこの場を収められたかも知れないが、一方で魔物遣いを忌み嫌う人々も数多く、特に狩人にとっては水と油の存在であった。
「それなら尚のこと聞けないスね。そこに獲物がいる以上、狩りを邪魔される
そう吐き捨てながら少年は腰の短剣に手を掛けると、威嚇するようにその剣先を向けてくる。途端にタルペイアとの出来事が脳裏に蘇り、彼女は自分の心が冷たく凍て付いていくのを感じていた。
「ちょっと、いくら何でもやり過ぎよ」
「これもシータがヘマしたせいッスよ。いいから、今のうちに獲物を仕留めてしまうッス」
シータと呼ばれた少女はまだ不満そうであったが、言われたとおりに魔法の詠唱を開始した。先ほどはまさか魔法が消去されたとは考えもしないだろうから、単なる失敗と
「獲物を持って帰らないと村を追い出されるんス。頼むから妙な真似はしないでくれッスよ」
少年は視線を彼女に戻すと、懇願するように片目を
そんな二人の動作と機微を彼女は自分でも驚くほど冷徹に捉えていた。少女の詠唱は長篇に及んでおり、今度は牽制目的の
問題は短剣を突き付けている少年の方だ。本心では彼女に危害を加えるつもりはないようだが、どうやら食い詰めて切羽詰まっているらしく、いつ心変わりをするとも限らない。
つまり、これは絶好の機会なのだ。今度の標的は魔物ではなく人、それも複数に対してマイナとプラナの同時並行処理ともなれば、そうそう巡り合える局面ではない。特に、何の
例え自分にはその気が無くとも、恐怖に駆られた相手が抵抗して揉み合いとなり、弾みで刺してしまうこともあるだろう。そのような結果に対して、原因は相手が抵抗したからとでも言うつもりか。
剣を抜くからには、それなりの覚悟を負わねばならない。もしも返り討ちにあったとしても自業自得なのだ。故に、これほどお
心のどこかで、発想が
しかし、現実とは無情なものだ。今ここで求められているのは智よりも力…少なくとも、魔物を助けようなどという無理を通すのであれば、代わりに道理を引っ込ませるより他にない。
やがて、少女の詠唱が終わりを迎えると空中に巨大な氷塊が顕現された。それは陽光を浴びて
『
魔力によって空気中の水分を限界まで凍らせ、巨大な氷塊として叩き付ける水属性の上位攻性魔法である。また、衝突後は氷片が
まさか彼女もここまでの魔法が
それにしても、たかだか
そして、それは彼女にとっての好機でもあった。瞬時に知覚の世界で氷塊を捕捉し、マイナに宿る魔力を対消滅させていく。このまま地面へと花開く前に、散らしてしまうことが出来るだろう。
しかし、それだけではまだ足りない。彼女は強引に思考を分割し、並列処理の体勢に入る。少年は魔法に気を取られており、こちらの様子には全く気付いていない。今なら身体に触れることも容易いだろう。
だが、敢えてそうはしない。少年には一切触れず、その周辺にあるマイナから魔力を奪う。やがて、枯渇して剥き出しになった因子が、まるで自己を防衛するかのように彼から生命力を奪い、魔力へと変換する。そして、また彼女がその魔力を奪い去る。それは
いつしか空から氷塊は消えていた。ただ、野原を吹き抜ける
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます