第四章 2-1
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「レイニー、一体はそっちに任せるわよ」
幾つかの山を越えた尾根の途上で、レイネリアは前方に
しばしば山間部での転落事故の要因ともなる魔物だが、近縁種の
丸々と太った体型は
彼女は再び、目の前に鎮座する巨大な
前方に注意を払いながらも、僅かに視線を逸らしてミストリアを一瞥する。そちらも同様に毛塊が通せんぼしており、それは若干燻んだ灰茶に見えた。しかし、幾ら巨体であってもミストリアに掛かればただのウサギ同然だ。恒常的な障壁は突進による衝撃を軽々と跳ね返し、繰り出される魔法は耐性に乏しい肉体には致命傷となる。この程度の魔物が大挙として押し寄せたところで、所詮は
それでも、ミストリアは彼女に任せると言った。つまりは、一人でこの魔物と戦えということだ。それは今までであれば、天地がひっくり返っても考えられぬことであった。
再会を果たしてからの道中、彼女はミストリアに自身が会得した
彼女が行使できる力は二種類あった。一つは皇女の私邸で老魔術師を相手に鍛錬した、マイナの対消滅により他者の魔法を消去するものである。彼女はこれを
本来、魔法とは長い歴史の中で洗練、淘汰されてきたものである。故に、自ずとその名称は広く知れ渡っており、行使にあたって意識しないこと自体が不可能であった。しかし、彼女自身には魔法の実体験がなかったため、そのような常識が失念されてしまっていたのである。
とはいえ、発展途上の段階で中途半端に名称を付けてしまえば、それが概念として固定化されてしまう懸念もあった。老魔術師が敢えて彼女に名称を勧めなかったのは、それを見越してのことであったのだろう。
なお、既存の魔法に改良を加えるだけであれば、
しかし、完全に一から魔法を生み出すとなると話は別である。まずは思考実験の段階において、膨大な質と量のマイナからなる複合構造体を考案する必要があり、安定した解の殆どは既知であると考えられていた。つまり、理論上この世界に存在し得る魔法の多くは判明済みであり、新たな魔法が発見、発明される余地は限りなく少ないということだ。
一方で、ミストリアが王領の宿場町で披露した
独自魔法の確立は魔術師にとって最大の誉れであるとされており、魔導の探求における最終到達点として研究に生涯を捧げる者は数多い。しかし、先のツキノア領における事件のように、目的のためには手段を選ばない、非人道的な行為も辞さない魔術師もおり、各国の諜報機関が秘密裏に監視、或いは支援しているとも囁かれていた。
空属性は決して彼女の独自魔法ではないが、現在に至るまでその実在さえも疑われていた代物である。それは同義というべきものであり、名称を付ける資格は十分にあった。
また、名称の副次的効果として、他者との連携が図りやすくなるという利点もある。特に今回はミストリアとの初の実戦的共闘となるため、魔法を打ち消してしまわないように注意せねばならない。二人が一定の距離を保っているのもそのためであった。
しかし、
そこでもう一方、タルペイアに巣食うゲッシュをプラナごと消去した、あの力の出番となる。そして、まるでその思考の到達を待っていたかのように、彼女の眼前には白茶の毛塊が迫っていた。
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