第四章 1-2
「ねえ、さっきのはどういうこと?」
要塞と
先ほどの兵士の話を鵜呑みにするならば、既に
始めは本当にミストリアが教国を訪れ、儀式の準備を進めていたのではないかと考えた。再会を果たしたのは帝国領であったが、既に一度入国を果たし、また国境まで戻ってきたのではないのかと。
しかし、すぐにそれはあり得ないことに気付く。皇女の密偵の監視を掻い潜り、出入国を繰り返していたのだとしても、御幸ともなれば隠し通すことは出来ない。
また、帝国のように出迎えの使者を派遣していないことも妙である。教国の国是と教義を鑑みれば、天人地姫の来訪は是が非でも把握しておくべき重大事項であり、国を挙げて
そうなると、教国内で何らかの異変が生じているのかも知れない。それが具体的にどのようなものなのかは不明だが、今時分に教国へ向かう巡礼者が少ないこととも無関係ではない筈だ。
「
眉間に皺を寄せる彼女を一瞥しながらミストリアが呟く。どうやら目鼻が付いているらしく、どこか呆れ気味な表情でもあるのだが、その言葉は彼女の耳には届いてはいなかった。
街道を歩く彼女は依然として
「きゃっ! んもぅっ…!!」
突然の悪戯に彼女は
彼女は赤面しながら抗議の声を上げた。ミストリアは尚も笑いが止まらないようであったが、目尻に涙を浮かべながら謝罪の言葉を口にした。その屈託のない笑顔に毒気を抜かれた彼女は、街道の真ん中で所在なさげにミストリアの様子を窺っていた。
なんだか、昔に戻ったみたいだった。それもずっと昔のこと、まだ二人とも幼い子供であった頃だ。あの頃のミストリアは聡明ながらも、歳相応の子供らしい無邪気さを持ち合わせており、時折こうして無意味な悪戯をしたものであった。
きっと、これは時間的なものだ。共に過ごした日々は色褪せることなく、今もなお鮮明に心の
……
何を馬鹿なことを考えているのだろう。ほんの僅かの間、離れていただけで、もうミストリアを過去へと追いやってしまうのか。そんな器用な真似が出来るなら、始めから御幸に
自分は過去を現在に、そして未来へと繋げるために、どこまでも無数に散らばるが、それ故に
「きゃっ! んもぅっ……」
思わず、ミストリアを抱き締めていた。この温もりが、この柔らかさが、この心地良さが、ミストリアなのだ。それは昔から何一つ変わっていない。いま此処には自分がいて…そして、いま其処にはミストリアがいる。
腕の中からは少しだけ
ただ、怖かったのだ。頭では分かっている筈なのに、逢えなかった時間が全てを過去へと塗り変えて、あの輝かしき日々を思い出の中へと封じ込めてしまうような、そんな得体の知れない恐怖に怯えていたのだ。
「まったく、いつまでも私に甘えてばかりでは駄目よ」
そんな彼女の心の慟哭を察したのか、ミストリアも一度強く抱き締め返すと、肩に手を掛けて引き離し、いつもの微笑みで優しく語り掛けた。それはまるで、姉であり、母であり、そして
『あなたはこのことを忘れてしまうけど…もしも、思い出したときには、必ず私に会いに来てほしい』
不意に、その言葉が脳裏を
一瞬、それを伝えるべきなのかと迷った。気恥ずかしいと思うし、真意を知りたいという想いもある。しかし、一度口に出してしまったら、何かが決定的に壊れてしまうような気がして、彼女は
やがて、ミストリアは彼女に背を向けると、何事もなかったかのように街道を先へと歩いていく。彼女は迷いを振り切るように
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