第四章 1-1
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「これって、馬車が来たらどうするんだろう」
左右を直立する
僅かに開けた天上には恒星の姿は認められず、陽光を遮られた谷底はまだ夕暮れには程遠いというのに薄暗い。いつもならば、蒼みがかった銀色の輝きを放つ少女のそれも、今は心なしか黒ずんでいるようにも感じられた。
「少し、髪が伸びてきたわね」
不意に隣を歩く人影に声を掛けられる。視線だけをそちらに向けると、漆黒のローブの首元からは金糸の髪が覗いており、それは夜空に映える月光のごとく、この地にあっても
普段から男装の気があるのかと疑われるほど、少女の髪は短く切り結ばれており、前髪が目に掛かることはなかった。しかし、王都を旅立ってから
実に一月半ぶりの邂逅を終え、旅を再開した二人であったが、少しぎこちなさが見受けられるようである。それは
彼女にはミストリアに対して言いたいことが山ほどあった。それは結果的に置いて行かれたことへの
しかし、彼女は敢えてそれを口にはしなかった。今はただ、共に肩を並べて歩めることが嬉しかった。自分が真に望むべき場所への回帰、
「変なレイニー、顔がニヤついているわよ」
そんな彼女にミストリアが笑う。どうやら表情に出てしまっていたようだ。しかし、ミストリアもまた、きっと自分と同じように感じてくれているのだと、陽の差さぬ大地さえも輝かせる満面の笑みを横目にして確信した。
ディアテスシャー帝国とバラトリプル教国に
また、双大山の谷間ということもあり、道筋は必ずしも直線的ではなく、左右に蛇行しながら続いていた。必然的に大軍による行軍は難儀であり、先の大戦においても皇国軍の侵攻を防ぐ天然の要害としての役割を果たしていた。
現在は帝国と教国の共同統治とされており、互いに出入口にあたる部分に関所を設けて国境防衛における要としている。特に軍事力に乏しい教国側にとっての重要性は高く、切り立った崖の一部を削り取り、
途中、前方からの旅人らしき一団の縦列に遭遇し、互いに道を譲り合って擦れ違う。どうやら馬車の往来は制限されているらしく、越境にあたっては乗り換えが必要なようだ。確かにこの道路事情ではそれもやむを得ないことであろう。
しかし、通行人の多くは教国側からであり、後方を振り返っても二人に同道する人影は疎らである。王都で耳にした話では、
それは二人にとって、些か不都合な事態でもあった。
教国本来の信仰対象は天人であるのだが、開祖シャーキヤにより教義が創られた頃には、既に
それ故に、天人地姫の来訪は教国にとって一大行事であり、その関心の多寡は帝国の比ではない。彼女が純白のローブからフードを外したのに対し、ミストリアが依然として素顔を隠しているのもそのためである。
王国のときと同様に、原則として国境通過にあたっては身分を明らかにすべきとされている。それは必ずしも面通しを強制するものではなく、
仮に教国側に正体が明るみになったとして、咎めを受けるどころか、その威光に平伏すことになるのだろうが、先の帝国での一件を顧みれば、無用な混乱は避けたいというのが本音であった。
そして、二人はケンモン関の出口、教国側の門へとやって来た。
それというのも、この地より先は教都クシナガラまで、要塞や陣地などの目立った防衛線はなく、ここを抜かれたら即座に国家存亡の危機に瀕してしまうからだ。
教国はその成立過程からして、皇国から自治権を認められた宗教都市が母体であり、帝国はおろか王国と比較しても戦力に大きな隔たりがある。むしろ、
その差は兵士の身なりにも顕れており、帝国側が辺境警備隊にも
彼女は胸壁に向けていた視線を落とすと、関門の両脇に立つ守備兵に会釈した。
背中に
「其の方ら、天人地姫の御姿を拝しに参ったのであろう。既に御幸あそばされ、封禅の儀は間近である故、先を急がれよ」
突然の言葉に転倒し掛ける彼女であったが、両足に力を込めて何とか踏み留まる。そして、
兵士の言葉どおりに解すれば、ミストリアはもう入国していることになる。一方で、ここに居るのが本人だとは気付いてないようだ。実に不可解な話ではあるが、動揺した素振りを見せては要らぬ疑念を招いてしまう。
彼女は平静を装って兵士に返礼すると、気を落ち着かせるように息を整え、御幸の最後の地、霊峰タカチホを
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