プロローグ 2-2
「
帝国軍第1師団エフェソス、その指揮官である皇太子を補佐する老将軍が最初に口火を切った。あの時のミストリアの行為を挑発と
「いや、私にはモリヤ将軍の
それに応じたのはツキノア家当主のオイワ将軍であった。ツキノア家は王国の外交を担う一族であったが、近年は帝国に敵対する勢力が軒並み姿を消したため、戦略的には手詰まりの様相を呈しており、自然と王国内での発言力も低下していた。
最近は軍事に秀でたトチネア家に擦り寄っているとの噂もあり、この発言もまたそうした背景によるものであるのだろう。
このやり取りに端を発し、両国の間でネルウァ皇太子とモリヤ将軍のどちらを推すかで論戦が繰り広げられていた。とはいえ、両国とも自国の指揮官を支持するのは自明であり、
しかし、当の皇太子は
一方、モリヤ将軍はというと、
両陣営で不毛なやり取りが繰り返される中、
「敗軍の将を語って何とする。勝者ならば天人地姫に他ならぬわ」
皇帝の痛烈な批判により、それまでの論戦は何処へと消え、宴席は水を打ったように静まり返ってしまう。それは誰もが自覚してはいたが、指揮官への敬意と忠誠から敢えて触れずにいたことであった。
「陛下の仰るとおりでございます。あの力ならば此度の
その様な重苦しい空気の中、まず初めに賛同の意を示したのは帝国の老魔術師であった。もとより帝国内では長老のような立場にあり、王国側からも一目を置かれている人物の言葉に、一同は場を取り繕うように追随し、話題の中心は天人地姫へと移っていった。
「いやはや、あの矢の雨には肝が冷えましたが、それを事も無げに防ぐとは…」
「
「千体の魔法人形とは、これはもはや師団にも匹敵する戦力ではないかと」
参席者たちは口々に演習を振り返り、ミストリアのことを褒め称えていた。ミストリアが王国に滞在することから、比較的そちら側の方が多いようにも思われたが、称賛の声は帝国側からも上げられていた。それは純粋にミストリアの魔法に感服しただけでなく、先の老魔術師の口から出た
封禅の儀とは、
しかし、儀式は秘中の秘とされ、その詳細を知る者は当世の天人地姫ただ一人であり、作法はおろか日時や場所さえも、たとえ国王やホーリーデイ家であろうとも秘匿されてきた。
一般に広く伝わっているものとしては、約二十年に一度、天人地姫はタカチホで神と交わり、後継となる娘を現世に残した後、天上の世界へと還るのだとされている。
宴席で繰り返される賛美の声を聞きながら、彼女は自分の心中に虚しさが拡がっていくのを感じていた。伝承の真偽は定かではないが、ただ一つだけはっきりしていることがある。それは儀式が終わったら、ミストリアはいなくなってしまうということだ。
かつて母である現当主から聞いた話では、天人地姫の最期を見た者は誰もいないらしい。しかし、時期が来れば、必ず後継となる娘がホーリーデイ家にやってくるそうだ。
それは世代によって異なり、身重の天人地姫が屋敷で出産したこともあれば、幼児にまで成長した娘が自ら訪ねてくることもあるのだが、いずれにしても人間離れした膨大な魔力と
ホーリーデイ家に課せられた使命とは、天人地姫となる娘を来たる封禅の儀まで庇護することであった。そのために同世代の子を産み、共に愛情を持って育むことで、人に対する信頼を醸成し、神の世界に還った後も現世が善きものであると知らしめ、再び神が降臨せんことを願ったのである。
故にホーリーデイ家の当主となる者は、幼少期を天人地姫と共に過ごすと同時に、封禅の儀に合わせて婚姻することが慣わしとされてきた。
もともとホーリーデイ家では女子の出生率が異常に高く、男子は凶兆として
彼女がミストリアと出会ったのも物心が付き始めた頃であり、それから二人は本当の姉妹のように育てられた。そのあまりの親密さには、やむを得ないことではあったが、実の妹とも疎遠となってしまったほどである。
彼女の思い出の殆どがミストリアと共有されており、それは自分の半身も同然であった。そして、ミストリアにとっての自分もまた、そうであると信じて疑わなかった。
だから皆が畏敬の念を抱く完全無欠の天人地姫も、彼女にとっては楽しいときには笑い、悲しいときには泣き、喧嘩をしたときには怒り、失敗したときには不機嫌になるような、道理も不条理も併せ持った
そんなミストリアを知っているからこそ、ミストリアという個人を顧みず、天人地姫という名で持て
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