プロローグ 2-1
-2-
「帝国と王国の恒久平和と持続的発展を祈念し、この杯を
皇帝が述べた祝辞に皆が天高く杯を掲げると、両国の合同軍事演習の完了を祝う宴席が始まった。祝宴の会場は野営地の中央に位置し、豪華な意匠が施された
入口の正面に位置する上座には、向かって右側に皇帝、その隣には国王が
当初、彼女は演習が終了次第、ミストリアを伴い王都への帰還を予定していた。しかし、皇帝が演習時の彼女の堂々とした振る舞いを大層気に入ったそうで、帝国からの
宮殿での
王国側の席次は五大諸侯の出身者が大半を占めていたが、国王の次席に着座していたのはヤノロム家の女当主、メイラ将軍であった。
ヤノロム家は代々、王国の近衛騎士団長を輩出する名家であり、その祖先が諸侯であることを望まず、自ら領地を返上して国王に
メイラも若輩ながら近衛騎士団長に就任しており、国王の片腕としてこれを補佐してきた。そして、この宴席では彼女を除く唯一の女性でもあった。
宴席の顔ぶれを改めて見回し、彼女は自分が場違いであることを痛感していた。彼女の家名であるホーリーデイ家は、天人地姫を庇護する一族であり、その家格はヤノロム家や五大諸侯にも引けを取らないとされている。
しかし、彼女自身は成人前の
「レイニー、大丈夫?」
そんな彼女を
「あら…オヒト、あなたもいたのね」
それは五大諸侯の一角、ノミネア家の次男坊オヒトであった。ノミネア家は祭祀の家系であり、天人地姫を庇護するホーリーデイ家とは親しい間柄にある。しかも、彼女の父親はノミネア家の出身であり、オヒトとは従兄妹同士でもあった。
「ひどいなあ。僕だってノミネアの騎士団の部隊長なんだからね」
そう言って
ノミネア家の当主は王国の祭司長を務めているが、年中儀礼による多忙に加えて高齢のため、騎士団の運営は
「ノイテ様も立派になられたものね。それに比べて…って、それどうしたの?」
オヒトの姿をまじまじと眺めていた彼女は、彼の腕に巻かれている包帯に目を留めた。その指摘に対して、彼は罰の悪そうな表情を浮かべると、気恥ずかしそうに言葉を漏らした。
「さっきの演習で馬から落ちちゃってね。腕は怪我するし、兄さ…団長には怒られるしで、散々だったよ」
それは恐らく、ミストリアの召喚した泡人形と先陣の騎兵が衝突したときのものだろう。幸いにして、彼の怪我は大事なさそうであったが、彼女は少し居た堪れない気持ちになってしまった。
「ミスティもなるべく被害が出ないようにしたんだけどね」
代わりに謝ろうとした彼女に対し、彼は大げさに
「とんでもない、ミストリア様は何も悪くないよ。あの御力、天人地姫の御威光こそが、僕らノミネア家が崇めるヌーナ大陸の平和の象徴なんだから。そう考えれば、この怪我はむしろ
そうして陶酔を始めたオヒトを見て、彼女はまたいつもの悪い癖が始まったと嘆息した。彼とは従兄妹同士であり、幼馴染でもあるのだが、どうも昔からミストリアに対して狂信的な憧れを抱いているようであった。
無論、ミストリアの器量も才覚も自分のような凡人とは雲泥の差があることは自覚している。しかし、ここまで明け透けに語られてしまっては、まるで自身と比べられているようで、ますます惨めな想いをさせられてしまうのだ。
彼は昔からミストリアを様付けする一方、彼女のことはレイニーと呼んでいた。彼女は真名をレイネリア=レイ=ホーリーデイといい、最初のレイネリアが名、次のレイが
この名前の表記はヌーナ大陸共通のもので、姓は位階を表し、上からトク、ジン、レイ、シン、ギ、チと続く。トクは皇族、ジンは王族、レイは高等貴族、シンは神官、ギは武官、チは文官や御用商人で、一般の民には姓はない。
現在、ヌーナ大陸でトクの姓を持つ者はディアテスシャー帝国の皇族だけである。また、王国内でレイの姓が許されているのは、ヤノロム家に五大諸侯、そしてホーリーデイ家だけであり、その他の貴族は其々の役職に応じた姓を名乗っていた。
なお、ミストリアの場合は少し特殊で、本来ならば位階ではなく神階が当てられるべきなのだが、あくまで人として表記する場合には神官位であるシンが用いられる。
彼女がそのようなことを考えている間、宴席は皇帝と国王を中心に
しかし、やがて話題が今回の演習の総括に移ると、
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