第一章 5-3


 魔法とは活性状態にあるマイナを利用する技術である。逆に言えば、マイナが不活化している場合、魔法の発現は不可能か、著しく困難なものとなる。もっとも、実際には術者のプラナの方が先に限界を迎えてしまうため、実戦において問題視されることは稀である。


 マイナの分布と活性状況には地域差があるが、このような辺鄙へんぴな場所には手付かずのマイナが多く、比較的魔法を行使しやすい環境にある。それが著しく不活化しているとなれば、即ちこの近辺で大規模な魔法が行使されたということになる。


 魔法の行使においては、マイナの活性状態、そして魔力の出力を調整する技術として、主に次の四つの工程が確立されていた。


 言霊により精神を恍惚とさせ、マイナとの同調を促す『詠唱』


 神秘物や魔道具などを依代とし、術者の技量を補正する『触媒』


 恒常的に戒律を遵守することで、特定の恩恵を享受する『誓約』


 祭壇や生贄などを要し、また複数の術者による合力ごうりきも可能とする『儀式』


 基本的には困難性が高いほど効果もまた大きいとされているが、殆どの魔法で用いられているのは詠唱である。しかし、低位の魔法――絶対的な高低ではなく術者の力量と比較して――を行使する場合は、詠唱すらも省略することが可能となる。


 レイネリアは今までミストリアが詠唱する姿を見たことがない。ミストリアの魔法は手を挙げるように、また足を出すように、ごく自然な振る舞いとともに現出してきた。それは一介の魔術師であれば稀少な触媒や大規模な儀式を経て、ようや幾許いくばくかの行使が叶う大魔法すらもである。


 天人地姫と他の魔術師との間には、異なる原理や法則が働いているとしか考えられぬ程の格差が存在していた。故に、魔術師の中には教えを乞おうとする者も少なくないが、王国においては不敬な行為として禁じられている。


 また、軍備の拡大を続ける帝国に対抗するため、市井しせいの魔術師から志願者を募って新たに魔導師団を創設し、天人地姫から指南を仰ぐという構想もあったのだが、計画の半ばで頓挫してしまっていた。


 表向きには志願が定数に達しなかったからとされているが、真実は五大諸侯による宮廷政治の結果であった。彼らは天人地姫、いやホーリーデイ家の軍閥化を恐れていたのである。もしも構想が実現していれば、帝国との戦力差も幾らかは縮んでいたやも知れないが、国よりも一族を優先してしまうのは人の悲しいさがであった。


 斯様かような最高位の御手であるミストリアだからこそ、この地に分布するマイナの不活化に気付けたのであろう。マイナは肉眼では見えないため、その存在は未だに仮説の域を出ていないが、才覚や経験に優れた術者であれば、直感的に感知することが出来るとも言われていた。


 ミストリアによると、この地で大規模な儀式が執行された可能性が高いという。それが村の現状と関係しているのであれば、想像されるのは最悪の事態であった。村人が姿を消した理由…それは、全員が生贄に捧げられたからではないだろうか。


 その吐き気をもよおす悪魔の所業に一行は狼狽して身震いするとともに、それを遥かに上回る激憤に駆られて奮起した。必ずやこの村で起きた陰謀を暴き、そして失われた命に報いるのだと。


 一行は再び二手に別れ、調査範囲を村の周辺にまで広げることにした。彼女たちは村の北側の森を担当し、オユミたちとは日暮れ前に合流する段取りとなっていた。


 先ほどの調査で気になったのは、村内に井戸らしきものが見当たらなかったことである。近くに水源がないかと村長に訊ねたところ、森の奥に生活用水に使っている冷泉れいせんがあるのだという。


 村人の生活範囲を探索することで、何らかの手掛かりが見つかるかも知れない。それが儀式によるものであれば、そこから村に起こった真相も判明するのではないか。


 しばら小径しょうけいを歩いていると、水の流れる音が聴こえて木々がひらけた場所に出た。泉のほとりには赤や黄の色彩豊かな花々が咲き乱れ、そしてちょこなんと座ってそれを摘む幼子おさなごの姿が目に映った。

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