第一章 6-1


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「お姉ちゃん、この花あげる」


 レイネリアは笑顔で返礼しながら、受け取った花冠かかんを自身の髪に飾り付ける。生憎と短髪のため、落ちてしまわないかと心配になる。ミストリアは神妙な顔付きで目前の光景を眺めていた。


 幼子おさなごの名はイワナといった。詳しい年齢は訊いていないが、身長や言葉遣い、仕草などから勘案し、五歳ほどではないかと思われる。当初は村人の発見に色めき立った彼女であったが、少女の姿があまりにも可憐であったため、拙速な行為は警戒心を抱かせてしまうと考え、まずは一緒に花を摘むことにしたのであった。


 その過程で彼女が自身を『お姉ちゃん』と呼称したところ、イワナはその言葉に過剰ともいえる反応を示した。どうやら少女は『お姉ちゃん』というものに強い憧れを抱いているようであり、それがまた彼女を複雑な気持ちにさせたのだが、一先ひとまずは信頼を得ることが出来たようである。


「イワナちゃんはいつからここでお花を摘んでるの?」


 彼女は同様に少女の髪にも花冠かかんを付けてあげながら、はやる気持ちを抑えて訊ねてみた。少女はきょとんとした仕草の後、ずっと前からとだけ呟いて、また花を摘む動作に戻っていった。


 森に穿うがたれた大穴のように縁取ふちど冷泉れいせんほとりには、少女の手にある花と同種のものが密集して咲いている。摘まれた本数と範囲から察するにそう長い時間ではないだろう。


 訊きたいことは山程あったが、この不自然な状況に慎重にならざるを得なかった。幼い子どもが独りで生き延びられる筈もなく、必ず誰かが面倒を見ていたことになるのだが、果たしてそれは村の住民なのだろうか。


 例えば、事情があって村を放棄したという可能性はないだろうか。その理由が疫病であることも考えられる。そして、少女が花を摘みに来られるくらいだから、移住先もそう遠い場所ではないだろう。


 しかし、大量の家財道具が残っていたことが腑に落ちない。新しい土地に移住するにしても、あれだけの量を捨て置く余裕が山奥の村にあるとは思えない。


 そして、帰らぬ隣村の住民のことも気に掛かる。特に二人は家族を残しており、まかり間違っても一緒に移住するとは考えられない。してや、ツキノア家の調査隊が死んでいるのである。それにミストリアが感知したマイナの不活化と儀式のこともある。


 確実にこの村で何かが起きたのだ。その真相は未だもって不明だが、決して放置してはいけないことだけは分かる。それに今は少女もいるのだ。理由がどうであれ、この子だけでも保護しなくてはならない。


 結局のところ、選択肢は一つしかないのだ。少女から村で起こった出来事を聞き出し、オユミたちと合流して調査を再開する。いつまでもこんな所で花を摘んでいる暇はなかった。


「イワナちゃん、もう暗くなるから家に帰ろうか。きっとお母さんも心配してるよ」


 しかし、直後にこれは失言かも知れないことに気が付いた。もし仮に疫病からの避難であった場合、少女の母親が健在である保証はないのだ。気を揉みながら少女の顔色を窺ったが、無邪気な笑顔が崩れることはなく、やがて少し驚くようにして口許に手を当てた。


「いっけない、お母さんに水汲みを頼まれてたんだっけ。早くおうちに帰らないと」


 少女は摘んでいた花を放り出すと、村のある方角に向けて歩き出す。しかし、水汲みの割にはそれを入れる桶などの容器は見当たらず、またそのことを一切気にする素振りもなかった。


 独りでトコトコと歩いていく少女を追い、彼女も慌てて駆け出そうとする。そのとき、ずっと黙したまま二人のやり取りを見守っていたミストリアが、いぶかしげな表情を浮かべながら彼女の機先を制した。


「レイニー、なんで泣いているの?」


 突然のことに訳が分からず、ミストリアを見詰め返す彼女であったが、無意識に頬へと伸ばした手指しゅしは滴で濡れていた。その理由は自分でもよく分からなかった。

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