第一章 5-2


「やはり、ここも駄目みたいね」


 無人の室内を見渡したレイネリアがおもむろに呟く。幾度となく繰り返される光景に、日常と非日常、自然と不自然が反転を始めていた。


 彼女が今いる民家は三人家族のものなのか、食卓には三脚の椅子、卓上には大小の食器が積まれていた。小さな台所も隣接されており、かつては母親が作った料理が並べられていたのだろう。もしも、子どもが娘であったならば、母娘ははこで談笑しながら手伝っていたのかも知れない。しかし、そこに在るべき住人の姿は影も形もなかった。


 一行が村に辿り着いたとき、目の前には閑散とした光景が広がっていた。村長が話していたとおり、山野を切り拓くようにしてとうほどの民家が軒を並べていた。開墾した畑には、まだ収穫前の農作物が残っていたが、人の話し声や生活音すらも聴こえては来ず、そこが無人の地であることを容易に想像させた。


 五人は周囲を警戒しながら、まずは村の代表者の住居に向かった。そして、恐る恐る室内に足を踏み入れたのだが、やはり誰の姿も…死体も含めて発見することは出来なかった。その後も民家を一軒ずつ調査していったが、特に目新しいものはなく、四軒目からは二手に分かれることにした。


 かつての村の賑わいを知ることもあり、村長の狼狽ぶりは見るからに激しいものであった。独りにしておいたら黙って帰還し兼ねないため、二組の一方を彼女とミストリア、他方をオユミに護衛の兵士、村長として調査を再開した。


 始めは女人の二人組にオユミが難色を示したが、彼女の片割れは天人てんじん地姫ちぎである。これまでも二人旅であったことから、何かあった場合は直ぐに知らせることを条件に渋々承知させた。


 そして、最後に残った民家がここである。外に出るとオユミたちも終えていたようで、その表情からは訊かずとも結果が伺い知れた。結局分かったことは、この村には誰もいないということであった。


 しかし、室内にはつい最近まで人の住んでいた痕跡があり、衣類や食器などの家財道具もそのままにされていた。これではまるで、集団失踪や神隠しにでもあったかのようである。仮に疫病が蔓延して村が滅びたのだとしても、必ず最後の遺体を埋葬する者が必要となる。果たして、いったいそれは誰であったのだろうか。


 五人は村の中央広場に円座えんざを作り、今後の方針について議論を交わしていた。既に恒星は中天を過ぎて久しいが、領都で用意した保存食もあまり喉を通らなかった。疫病の可能性がある以上、その原因が何処に潜んでいるのか分からないからだ。


 当初は住民の経過観察も兼ね、二日ほど村に滞在することを計画していたのだが、この有様では再考の必要があった。隣村を朝に出発し、ここに着いたのが昼過ぎであったことから、仮に中断するのであれば直ぐに戻らねばならない。


 逆に調査を継続するのであれば、今夜はこの村で一夜を明かすことになる。得体の知れぬ静寂さが不気味ではあるが、流石さすがに山中よりかは幾分かましなものであろう。


 どんな事態が起きていようとも、村に辿り着きさえすればそれが明らかになると考えていた。しかし、事態は不可解極まりないものであり、中断か、継続か、その選択を巡って一行は頭を悩ませていた。


 しかし、時間は無情にも過ぎていき、このままでは消極的な選択をせざるを得なくなる。そんな無念とも諦念とも知れぬ空気が場を支配していたのだが、ミストリアだけはまた異なる観点から村の異変を感じ取っていたようである。


 終始、黙して議論の行く末を傍観していたミストリアであったが、深い濃霧に惑う者たちに道を指し示すかのように、神々しくもかそけき一面をのぞかせて言い放った。


「周辺のマイナが著しく不活化しているわ」

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