第一章 4-2


 一行が最初に向かったのは村長の家であった。次期領主たるオユミの突然の来訪に平伏しきりの村長であったが、天人てんじん地姫ちぎまでいると知ったら卒倒し兼ねないだろう。


 既に夜のとばりは下りており、一行は晩餐ばんさんの持て成しを受けた後、事件の詳細について説明を受けた。やはり『村』に向かった住民は、誰ひとりとして帰って来てはいないそうだ。


 また、調査隊は村の共同牧場に馬車を停め、村人が交代で面倒を見ていたが、翌々日の朝には影も形もなくなっていた。よもや領主の馬車を盗む不届者がいる筈もなく、調査を終えて帰還したのだと考えたらしい。


 レイネリアは調査隊に同行した案内人のことが気に掛かっていた。しかし、村長の返答はどこか歯切れが悪く、堪らずオユミが強く詰問すると、真っ青になって額を床にこすり付けた。


 実は案内人は村の者ではなかった。令状により徴発されたが、疫病の恐怖から誰もが二の足を踏んでいたとき、都合良く旅人がその役目を買って出た。村長は渡りに船とばかりにその申し出に飛び付いたのだが、後になってから考えてみると、その旅人が何処の誰なのか、何を目的として村を訪れていたのか、誰一人として心当たりがなかったという。


 それはオユミにも初耳だったらしく村長に声を荒げて激昂した。令状を拒否し、ましてや欺いたことは重罪である。しかし、今はそれを論じている時ではない。その人物は一体何者で、今はどうしているのか。そこに事件の真相が隠されているやも知れなかった。


 せめてもの償いとして、案内人は村長自らが引き受けることになった。村長は『村』の内部事情に詳しく、以前は定期的に訪れていたという。令状拒否に対する処分は調査次第として、オユミは振り上げた拳を、いや剣を降ろしたのであった。


 必要な情報と案内人が確保できたため、今夜は村長の家に泊まることになった。引き続き馬車の番をオオシアに託し、一行は男女二人ずつに分かれて部屋に案内された。


 廊下を歩いている間も、オユミは未だ怒りが冷めやらぬ様子であった。調査隊の末路を思えば無理もないことであろう。兵士の中には祝言を挙げたばかりの者もおり、他ならぬ彼自身が立会人となっていたそうだ。


 やがて、てがわれた部屋に着いたとき、不意に彼と目があった。ミストリアはさっさと室内に入ってしまい、寝台の上で寝そべりながらくつろいでいる。護衛の兵士はといえば、主君の宿泊の準備に余念がないようだ。


 今は廊下に二人きりだ。何かを言わなければいけないと思った。それは今朝のことなのか、不審な旅人のことなのか、それとも明日の方針のことなのかも分からなかったが、彼女の口から出たものはそのいずれでもなかった。


「村長を許してあげてください。きっと、村を守るために必死だったんだと思います」


 自分で口にした瞬間、それはまさに昨日までの彼であったのだと気が付いた。彼もまた領地を守るために苦渋の決断をした。自分たちを欺いてでも領民を守ろうとしていたのだ。


 彼がそれをどう受け止めたのかは分からない。彼女の許しを得たのか、それとも村長への許しを求められたのか。しかし、そもそも彼には彼女の許しを得る必要などないのだ。


 二人の間を静寂が支配していた。もつれてしまった関係を改善しようと試みてはみたが、これでは逆効果だったのかも知れない。他に打つ手もなく、居心地の悪さを感じた彼女が堪らず就寝の言葉を告げようとしたとき、唐突に彼が自身に向かって近付いてきた。


 最初は僭越な物言いに怒りを買ったのかと思った。よもや女人に手を上げる真似はしないだろうが、領地のことに口を出されては我慢も限界に来るだろう。しかし、部屋に逃げることも叶わず、助けを求めてくつろぎ続けるミストリアに顔を向けたとき、不意に全身を強い力が拘束した。


 それが彼に抱き締められたのだと気が付くのに、しばらくの時間を要した。突然のことに抵抗することも忘れ、ただ黙って彼の腕の内に収まっていた。


 やがて、耐え難い窮屈さに身をよじると、彼はそっと両腕を開いて彼女を解放した。その表情からは先までの憤怒のそうは消えており、今はただ強く決意めいたものが感じ取れた。


「あなたのことは私が必ず守ります」


 彼はそれだけを告げると、兵士の待つ部屋へと去っていった。彼女も慌てて部屋に入るが、その顔が赤く染まっていることは鏡を見るまでもなかった。いつの間にか、入り口に向き直っていたミストリアが目を輝かせながら手招きをしていた。

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