第一章 4-1
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「あと一時間ほどで目的の場所に着くそうです」
街道を馬車が走っていた。目的地は発端となった『村』の隣村である。既に領都を離れてから半日以上が過ぎていた。中天に昇った恒星はゆっくりと地平線へ向かっており、到着する頃には夕暮れとなっていることだろう。
『村』に続く山道は馬車では通れないため、まずは隣村で情報収集と案内人の確保を行い、朝になるのを待ってから出発するという行程となっていた。
時折、街道の高低差に揺れる荷台に身を預けながら、彼女は今までの道程に掛けた時間の意義を問い直していた。彼女たちが王都オハリダから領都ヘグリにまで要した期間は約三週間、おそらくはこの馬車であれば三日で辿り着けたことだろう。
一方で、道中においては幾つかの宿場町や村々で、僅かながらも困苦する人々に救いの手を差し伸べることが出来たと実感している。なぜ御幸が徒行でなければならなかったのか、彼女は身を持って理解していた。
しかし、今回はその矜持を捨ててでも、一刻も早く『村』に向かわなくてはならない。彼女たちの間に一切の迷いはなかった。
意外だったのは彼が同行していることだ。確かに案内を頼みはしたが、それは馬車や令状などの手配であり、少なからぬ危険を孕む調査に次期領主たる彼が赴くことは予想していなかった。
加えて驚かされたのは彼が手配したこの馬車である。事態は緊急を要する上に、
男の名はオオシアといい、彼とは身分の差を超えた友人なのだという。思わぬ再会にも無愛想な挨拶で応じられたが、或いは彼に自分たちの到来を
しかし、領都を出てからというもの、車内には鬱屈とした空気が流れていた。手綱を操るオオシアを除き、後部の
邸宅では少し感情的になり過ぎたのかも知れない。仮にも相手はツキノア家の
それでも、言わずにはいられなかった。彼女たち貴族は国王より多くの特権を与えられ、莫大な財を築き、そして民を支配している。だが、それは決して
少なくとも彼女は母親からそう教えられてきた。それは貴族の中では異端な思想なのかも知れないが、彼女はこれまでの旅を通じて、王国民の幸せを心から願うようになっていた。それを彼にも求めたことは傲慢なのだろうか。
ホーリーデイ家は領地を持たない貴族である。だから本当の意味で諸侯である彼らのことは分からない。それでも彼女の中には、義憤に駆られる為政者の意識が芽生え始めていた。
「旅に連れて来たのは正解だったかも知れないわね」
彼女の成長を肌で感じ取ったのか、ミストリアが優しく微笑みかけてきた。それは
「でも、仲直りは早めにね。この先、何があるとも限らないから」
そう、耳元で付け加えられると、彼女は思わず赤面してしまった。自分でも分かっているのだが、今更どう声を掛ければ良いのか分からないのだ。
それはきっと彼も同じだったのだろう。しかし、随行している兵士の手前もあり、自由に心情を表すことが出来ないようであった。
それから二人は言葉を交わすこともなく、馬車は隣村へと辿り着いた。斜陽の空に不安を掻き立てられるが、彼女は振り払うように馬車から降りると、長時間の乗車によってふらつく足を
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