プロローグ 1-3
軍事演習はまるで両軍が示し合わせたかのように、同時に放たれた無数の矢によって幕を開けた。それは神々しくも一切の慈悲を許さぬ天の裁きのようであり、虚空に放物線を描いた後、矢尻を翻して大地へと舞い降りた。
標的は無残に貫かれ、原型すらも留めないだろう。陣幕の者たちがそのような凄惨な光景を想像する中、レイネリアはただ黒衣だけを見詰めていた。
やがて、先陣の矢が標的に到達しようとした瞬間、まるで時が止まったかのように空中で静止した後、傾きを
陣幕の者たちも前線に立つ兵士たちも、
「未投射の障壁です」
静寂に包まれた陣幕の中で清廉とした彼女の声が響く。ただ一人、現状を把握している人物の言葉に誰もが耳を傾けずにはいられなかった。
「ミストリアの魔法です。弓矢だけでなく、手槍や投石などの
「いつ、これほどの障壁を展開したのですかな」
両方向から放たれた無数の矢を弾く障壁など、
そのような直接的な詮索に対し、彼女は返答に
「最初に申し上げたとおり、ミストリアは常在戦場でございます。障壁もまた
その何とも掴み所のない返答に、老魔術師は一瞬、驚愕の表情を浮かべて彼女を凝視する。しかし、すぐに元へ直ると再び視線を荒野に戻した。彼女は内心、不遜な態度を取ってしまったかと気を揉んだが、存外その言葉は的を射ていた。
陣幕の者たちは、彼女の発言の真偽を計り兼ねているようだが、それは暗殺に対する警告とも推察された。事実、魔術師は程度こそ違えども、自らに対して恒常的な防性魔法を施すことは決して珍しくはなかった。
いずれにせよ、弓矢に対して防衛策を講じているのであれば、近距離まで接近して斬り伏せるか、それを上回る攻性魔法を放つしかない。それは前線の指揮官も痛感していたようで、次の瞬間、帝国兵の間から炎の弾丸が
『
帝国の魔術師が得手とする火属性の攻性魔法である。第1師団エフェソスには約三百名の魔術師が配属しており、集中運用による一斉掃射はこれまでに多くの
一方で、王国軍は帝国軍の動きを静観していた。王国でも
迫りくる炎弾の嵐を前にしても、黒衣はまるで気付いてすらいないかのように、何らの動きも見せないでいた。やがて、到達した炎弾が標的を覆い尽くそうとした瞬間、先ほどと同様に空中で静止し、吹き消されるように霧散消滅してしまった。
再び、陣幕内の視線が彼女に集中する。この
「不干渉の障壁です。攻性魔法に対応した障壁で、火属性以外の四大属性にも効果があります」
皆の驚愕の視線が以前にも増して突き刺さったが、もはや彼女はそのことを気に留めてはいない。今回の一件には承知し兼ねる部分も多々あるが、こうして
もとよりそれが彼女の一族の
両軍の弓矢と魔法を無力化し、尚もその力の片鱗を見せない超常の存在。
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