プロローグ 1-1

 

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「エフェソス、目標地点への展開を完了しました。一同、皇帝陛下の御下知ごげじをお待ち申し上げております」


 ヌーナ大陸中央に位置するディアテスシャー帝国は大陸の覇者である。すなわち大陸において最も強大な力を誇る国家であると同時に、周辺国を外敵から保護する同盟の盟主でもあった。


 一方で、保護下の同盟国にはその対価として莫大な朝貢ちょうこうが課せられており、それはときに国家の財政を傾けるほどのものとなった。


 エフェソスは帝国が誇る七つの師団の中でも至強しきょうと謳われる第1師団であり、統一された真紅の兵装を特徴とする。師団長は皇位継承権第一位の皇子、つまりは皇太子が務める慣わしとなっており、現在もまたその例に漏れずにいた。


 屈強な兵士を従えるには、血統だけでなく王者としての風格、度量が求められ、また外敵討伐の主戦力を担うことから、歴史的には在任中に職位はおろか命すらも失う者もいたのだが、現在の師団長が就任してから既に七年の歳月が過ぎようとしていた。


「王国軍トチネア、シチウタ、コトミナ、ノミネア、ツキノア…各諸侯も配置に付いております」


 帝国の南方に国境を接するハナラカシア王国は、古からの帝国の同盟国である。王国には五大諸侯と称される有力貴族がおり、国内の政務を取り仕切るだけでなく、固有の領地の統治を許され、また戦力として独自の騎士団をも保有していた。


 騎士団は諸侯の血縁者や配下の貴族、領民などから構成され、国王麾下きかの近衛騎士団とともに建国以来、繁栄と安寧を保ってきた。


 しかし、王国を今日まで永らえさせてきた主たる要因は、これら戦力によるものではない。決してその国力が脆弱というわけではなく、兵士の数、武装、練度ともに充実しており、それを支える生産業や商業などの経済力も目覚ましい発展を遂げていた。


 それにも関わらず、王国単体では国体の維持が困難と見做みなされるのは、帝国の軍事力があまりにも強大なためだ。五大諸侯が誇る騎士団の連合体、王国軍の約半数を担う軍勢を以ってしても、帝国軍の一個師団と同程度…いや、それにすらも満たないのである。


 もしも帝国が同盟の盟主たる覇者ではなく、武力による大陸統一を目論んでいたのなら、王国はうの昔に滅亡していたことだろう。


 事実、今日までの歴史の中で帝国に滅ぼされた国家は両手の指を超える。その中には当時の王国さえもしのぐものもあったのだが、帝国と対立したことによりその圧倒的な軍事力の前に滅亡の一途を辿った。


 一方で、帝国は同盟国には寛容であり、決して盟主としての責務を自ら違えることはなかった。このようなある種の友愛的な外交戦略は、しばしば同盟国からの朝貢に対して戦費が上回り、帝国の財政を著しく圧迫した。


 文官からは幾度となく戦略の見直しが上奏じょうそうされてきたが、歴代の皇帝はそれを採り上げることはなかった。そこには王国が今日まで永らえてきたくだんの事由が密接に関係していた。

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