第17話
本で『クモクモ』の文字を見たときに、もしかしてと思ったんだ。
ポイントを掛ければ、本当に雲みたいになるんじゃないか、って……!
その予感は的中。
わたしは憧れの雲にのって、ゆっくりと空をのぼっていた。
思わず大はしゃぎたかったけど、そうも言ってられない。
フライデビルさんがいよいよ、こっちに向かってきている……!
「……フライデビルさん! わたしなんて食べても、おいしくないよっ! でも……!」
わたしは大きく息を吸い込む。。
「お腹がすいてるなら……
……ゴッ!!
瞬きする間もなく、わたしは真っ暗闇に包まれていた。
一寸先は真っ黒けっけ。黒豹にオハギを盗まれてもわからないほどの。
生ぬるい沼の底を、ぬるぬると漂っているような感触が、身体じゅうにまとわりつく。
この、嫌なカンジ……。
間違いない、ここはフライデビルさんの、口の中だ……!
どうしてわかったかというと、似ていたから。
グランドデビルさんに飲み込まれたときの状態に。
わたしは泳ぐように両手両足を動かして、あたりをさぐる。
しばらくすると目が慣れてきて……。
暗幕を針で突いたみたいな、ちっちゃな光を見つけた。
まるで世界から取り残されたような、そのぽつんとした存在を、わたしは求める。
夢の中を歩いているみたいに前に進まないけど、がんばってもがいた。
光に手が触れたので引っ張ってみると、
……ずるりっ!
墨汁の中から浮かび上がってきたような、グランちゃんがいた。
「グランちゃん! しっかりして!」
肩を掴んで揺さぶると、彼女は「う」と呻いて薄目を開けた。
「よかったぁ! まだ取り込まれてなくて!」
わたしは嬉しさのあまり、彼女を力いっぱい抱き寄せる。
冷たくなった頬に、これでもかと頬ずりした。
グランちゃんはほっぺたをふにふにされながら、途切れ途切れに言った。
「どうし、て……逃げなかった、の……。領地、を……。出れば、フライ、デビル、は……。追って、これない……」
「そうなの? でもそんなことできないよ!」
「どうして?」
「どうしてって、わたしとグランちゃんはお友達だからに決まってるじゃない!」
「お友達……」
「そう! それにグランちゃんはわたしを突き飛ばして、助けてくれたでしょ!?」
するとグランちゃんは、急に真顔になって、
「哀れね。あれはあなたを犠牲にするつもりで突き飛ばしたのに」
「ええっ!? そんなぁ……!」
わたしはショックを受けかけたけど、はたと思い直す。
「あれ? でもグランちゃん、フライデビルさんのクチバシにいるとき、『にげて』って言ってなかった?」
「言ってない」
「ウソ! っていうかさっきも『どうして逃げなかったの?』って言ったよね!?」
「言ってない」
そう言って、ふいと視線をそらしてしまうグランちゃん。
なんでそんなバレバレのウソを付いてるんだろうと思ったけど……。
もしかして、彼女なりの照れ隠し……?
でもそれを確かめてる場合じゃない。
ここから出る方法を考えないと。
そう思いながらあたりを見回していると、ふと、
……ふよふよふよ。
なんて音が聞こえてきそうなくらいの、ふわふわした物体が、わたしとグランちゃんの横を通り過ぎていった。
それは、どんどん奥のほうへと吸い込まれていく。
「あれは、なに?」
「ああ、あれはたぶん、わたしがつくったわたがしだよ」
「わたがし……?」
「うん。わたしはあのわたがしに乗って、この中に入ったんだ。そうすれば、フライデビルさんのお腹の中に入れると思ったし、それに……」
わたしの説明は、突如としてまわりから聞こえてきた、グエッ、グエッ! という、怪物がえづくような唸りによって遮られてしまった。
「これは、いったい……?」
「たぶん、フライデビルさんが、さっきのわたがしを取り込んだんだよ!」
グエェェェェェェェェェェェェェェェーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!
次の瞬間、わたしとグランちゃんは、奥からせり出してきた、へんな液体に押し流されて……。
……どばあっ!
と雪景色のなかに舞い戻っていた。
フライデビルさんのクチバシから吐き出されたわたしたちは、べちょっ! と雪のなかに落ちる。
わたしもグランちゃんも、墨汁を浴びたみたいに真っ黒だった。
そしてフライデビルさんは、
……シュパァァァァァァァァァァ……!
グランドデビルさんの時と同じような、まばゆい光に包まれていた……!
わたしとグランちゃんは目をチカチカさせる。
しばらくすると、そこには……。
ダチョウさんくらいの大きさの、真っ白なニワトリさんが……!
「コケェェェェェェェーーーーーーーーッ!!」
夜明けを告げるように高くいななて、翼をばさばさと動かしていたんだ……!
ニワトリさんは身体は大きいんだけど、足は身体に埋まるくらいに短い。
なので翼をたたと、まるで雪ダルマの下半身みたいに、まるっこくて……!
「かっ……! かわいいいーーーーーっ!!」
わたしは新しいぬいぐるみを見つけたみたいに、さっそく抱きついていた。
そして思わず、とろけそうになってしまう。
「ふわぁぁ……! あったかーい!」
肌触りはユニちゃんほどではないけど、体温はユニちゃんよりずっと高い。
まるでおっきなカイロを抱きしめてるみたいにポカポカだ。
さっそくコビットさんたちもやってきて、ぴとっ、と貼り付いている。
ユニちゃんなんて翼の間に潜り込んで、顔だけ出してヌクヌクしている。
「グランちゃんもおいでよ! すっごく暖かいよ!」
しかしグランちゃんは変わらぬ表情で「いい」とシンプルに拒否。
そういえばグランちゃんってユニちゃんにも近寄ろうとしないし、もしかして動物嫌いなのかな?
まあいいや、それよりも私は、さっそくリンちゃんに尋ねてみる。
「リンちゃん! この子、なんていうの?」
リンちゃんはなぜか、これは夢であってくれといわんばかりに、ほっぺたをつねっていた。
「イテテテ……! ソイツも『聖獣』らよ! 『フェニックク』っていっれ、『フェニックス』の超絶劣化版みてぇなヤツら!」
「へえ! 『フェニックス』なら知ってる! だからこんなに暖かいんだね!」
となるともう、この子のアダ名はひとつしかないよね!
「じゃあ、あなたは今日からククちゃんね! よろしく、ククちゃん!」
するとククちゃんもユニちゃんとおなじで、わたしの言葉を理解しているのか……。
「コケーッ!」と元気よく鳴き返してくれた。
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