第15話
『ファーミング』でコビットさんたちが新たに植えたのは、アズキだった。
アズキというのは、東の国のほうから伝わってきた、濃い赤茶色の豆のこと。
東の国のお菓子にはよく使われているもので、わたしのお菓子屋さんでも、わざわざ取り寄せているほどだった。
雪景色のなかで食べるアズキのお菓子といえば……。
これはもう、ひとつしかないよねっ!
そうこうしていうちに、緑色だったアズキがさらに色づいていく。
アズキはサヤエンドウみたいな鞘に入っているんだけど、コビットさんサイズなのでわたしの指先くらいの大きさしかない。
それでもアズキには違いない。
わたしはコビットさんたちに収穫をお願いすると、その間に準備を始めた。
「シオン!」
手から塩を出して、あたりの雪にまんべんなくばらまく。
それから雪を手押して山をつくり、それをだんだん大きくしていった。
「なにをしているの」
棒立ちのグランちゃんが尋ねてくる。
「アズキをよりおいしく食べる準備をしてるの!」
「哀れね。意味不明にもほどがあるわ」
「なんでもいいから、グランちゃんも手伝ってよぉ!」
わたしが泣きつくと、グランちゃんはゆったりとした動きでわたしの作業を手伝ってくれた。
アズキ収穫組ではないコビットさんもいっしょになって、高い高い雪山を作る。
そのあとは、スコップで……と思ったけど、スコップなんてない。
なにか使えるものはないか、見回していたら、
「あっ! グランちゃん! グランちゃんの槍でこの雪山に穴を掘って!」
「哀れね。なんでそんな無意味なことをするの」
「まぁ、やってみればわかるって! あ、それと慎重にやってね! 中を空洞にしたいだけだから、勢いあまって壊さないようにしてね!」
グランちゃんは、「槍をこんな用途に使ったのは初めて」みたいな浮かない顔をしつつも、雪山に穴を掘ってくれた。
「できたわ。でも、哀れね。どうせすぐに屋根の重みで崩れるのに」
「へへーっ! それが壊れないんだよねぇ! これはね、『カマクラ』っていうんだよ!」
「カマクラ……」
「そう! 東の国で、雪の多いところでは、こうやって雪で家を作って、中で暖まるんだよ!」
わたしはさっそく中に滑り込んだ。
雪山を大きく積んだおかげで、室内はかなり広々としていr。
「グランちゃんもおいでよ!」と手招きしたんだけど、彼女はふるふると首を振って拒否。
きっと、崩れると思ってるんだ。
グランちゃんが入る気になるまでほっといて、わたしはカマクラの中で作業を再開。
石を積んでカマドを作って、枯木を入れて火を付けた。
そして、
「キチント! 大きくて深いお鍋になあれ!」
杖を深鍋に変えてみたんだけど、あんまり大きくならなかった。
ちょっと前に、凍ったコビットさんたちを元に戻したときの鍋は、コビットさんが100人以上入れるくらい、かなり大きかったんだけど……。
もしかして、お鍋の深さと広さは両立できないのかな?
わたしは試しに『キチント』に1ポイント追加してみて、もう一度やってみた。
「キチント! 大きくて深いお鍋になあれ!」
すると杖は、さっきよりもずっと大きい、深くて大きい鍋になった。
これならアズキ調理にもピッタリだ!
その鍋にキレイな雪を集めて入れて、カマドにかける。
お湯が沸くまでの間、わたしはリュックに入れておいた小麦粉を取り出した。
「キチント! ボウルに……って、そうか、いま杖はお鍋になってるんだった」
「バカじゃねぇの。キチントはポイントを振ると、そのポイント分の数の調理器具を出せるんだよ」
カマクラの中にはいつの間にか、リンちゃんがいた。
「そうなんだ、ありがとうリンちゃん! それじゃあ、キチント! ボウルになあれ!」
すると、鍋がにゅにゅっと分離して、ポコンとボウルが出てきた。
これからは、キチントで2個調理器具が出せるようになったわけか、ますますお菓子作りが捗りそう。
わたしはボウルの中に小麦粉を入れ、鍋で溶けた雪の水を加える。
手でかきまぜて生地を作り、小さくちぎってお団子状に丸める。
「……どうして、火を焚いても崩れないの?」
ようやくグランちゃんもカマクラの中に入ってきてくれた。
お鍋ごしの対面に、ちょこんと正座している。
「それはね、塩を混ぜてあるからだよ。雪に塩を混ぜると固まりやすくなって、丈夫になるんだ」
「……まわりは雪でできてるのに、この中、あったかい」
「でしょ? 風が無いだけでも、すごく暖かくなるよね! この中でアズキを食べると最高なんだよ!」
おしゃべりしながらお団子をこねていると、アズキ収穫組のコビットさんたちが、「ピャー!」といっぱいのアズキを持ってきてくれた。
それをさっそく鍋に投入。
しばらく煮てから、サットで出した砂糖をどばどばっと入れる。
あとは、お団子をいれて、さらに煮込めば……!
「『ぜんざい』のできあがりぃぃぃぃーーーーーっ!」
ぜんざい お菓子レベル3
煮たアズキに、砂糖と小麦粉の団子を加えたもの。
本当はオモチがあればベストなんだけど、これでもじゅうぶんにおいしいはず!
わたしはリュックからおわんを取り出す。
さらにキチントの呪文で、ボウルをレードルに変えて、お鍋のなかのぜんざいを取りわけた。
「はい! グランちゃん! あったかくておしいよ! でも熱いからフーフーして食べてね!」
「私は、ホットチョコレートのほうがいい」
「そう言わずに少しだけでも食べてみて! 絶対に気に入るから!」
「じゃあ、フーフーして」
「え? なんで? あ、そっか、グランちゃんがフーフーすると、凍っちゃうんだっけ」
わたしはぜんざいをフーフーして少し冷ましてから、グランちゃんに渡した。
しぶしぶと受け取ったグランちゃんは、そっとお椀を傾けてひとすすり。
お椀から顔をあげても相変わらずの無表情だったけど、
「……おいしい」
「でしょ? まだまだいっぱいあるから、たくさん食べてね!」
わたしはコビットさんたちにもぜんざいをあげて、みんなでいっしょに食べる。
リンちゃんにもあげようとしたんだけど、「バカじゃねぇの!?」と外に飛び出していってしまった。
「おいしいのになぁ……」と思いつつ、わたしもぜんざいをひとすすり。
すると、ホットチョコレートとはまた違うタイプの、やさしい甘みが……!
なんだろう、例えるならホットチョコレートが、お家に帰ったときのホッとする感じだとすると……。
ぜんざいの甘さは、おばあちゃん家に行ったみたいな、そんなカンジ……!
アズキのほろほろした、噛む必要のないやわからかさ、おかゆみたいでいいんだよね。
それにアズキの皮の食感も大好きなんだ。
ユニちゃんも気に入ってくれたみたいで、「ウメェ~ウメェ~」鳴きながら、ガツガツと食べている。
それでふと、わたしはあることが頭のなかに浮かんだ。
「そういえば……グランちゃんの使い魔さんっていないの?」
するとグランちゃんは、もくもくとお団子を頬張りながら、「いない」とシンプルな答えを返してくれた。
「いないの? どうして?」
そのあとに続いたのは、想像以上に物騒な答えだった。
「
「そ、そうなんだ……なんで殺しちゃったの?」
「そんなこともわからないなんて、哀れね。魔女というのは孤独であればあるほど力を発揮する。だから私は拒絶した」
「ふうん、でもわたしと一緒にいてくれるってことは、わたしはグランちゃんから拒絶されなかったんだよね? 嬉しいなぁ!」
わたしがにぱっと笑うと、なぜかグランちゃんは顔を伏せた。
それが彼女にとってどんな感情表現だったのかは、わたしにはわからなかったけど……。
「あ、そういえば、リンちゃんが言ってたんだけど、使い魔になるデビルさんは、殺しても死なないんだって。より強力な悪魔になって、生まれ変わるらしいんだけど……」
するとグランちゃんは、俯いたまま頷いた。
「そう。だからわたしはその都度返り討ちにしてきた。またそろそろ、復活するはず」
「え?」と聞き返した、次の瞬間……。
グランちゃんは真顔のまま、鍋をひっくり返す勢いで飛び込んできて、わたしを突き飛ばした。
「わあっ? なにするの、グランちゃ……!」
瞬転、カマクラが消し飛ぶと同時に、グランちゃんの姿も消えたかと思うと、
……ゴッ!!
全身に突き刺さるような鋭い暴風が、横薙ぎに突っ込んできて……。
わたしの身体は、宙を舞っていた。
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